「そうだよ。お前は死にたくないんだよ」
 俺の顔を見て、阿古羅は余裕そうに言った。
「そっ、そんなことない」
 俺は首を振って否定した。
 そんなことない。
 死にたくないなんて思ってない。
 だって俺は、昨日言った。
 俺は昨日、確かに『早く死にたい』って言ったんだ。
 それなのに死にたくないなんて思っているわけがない。
 だってそれじゃあ、心と言ったことが一致していないではないか。

「じゃあ何でお前は俺に感謝した?」
 答えられない。
 理由が思い浮かばない。

 阿古羅は何も言わない俺を見てため息をつくと、ハンカチを洗面所の上に置いて、鞄からはさみを取り出した。
 そして、はさみの刃を俺に向けた。
 俺は思わず目を閉じて縮こまる。

 ……怖い。
 怯える俺を見て、阿古羅はまたため息をついた。

「ほら、怖いだろ。刃物向けられたら、死にたくないって、怖いって思うだろ。それがお前が生きたいと思っている証拠だよ」
「関係ないっ!! それが怖いと思うのは、傷つけられるのが嫌なだけだ!」
「死ぬときも傷つくぞ。ものすっごい」
「……でも、死ぬのは一瞬で、あんな風に苦しめられたりはしない。だから死にたい」
「それが本当に本音か? 死なないで虐待から逃れる方法があったら、それをしたいと少しも思わないのか?」
 涙が出た。
「思うよ! 死なないで助かるならそれがいい! 死ぬのも、苦しいのも嫌だ!」

 ――そもそも矛盾している。
 痛いのも苦しいのも嫌なのに、死ぬのはいいなんて。

 死ぬときも苦しい想いとか痛い想いはするくせに。一瞬でもそれがあると嫌になるくせに、死にたいなんて思っているわけがなかった。
 そうじゃない。
 痛いのも苦しいのも嫌だから、それをずっと耐えるくらいなら、死んだ方がいいと思っただけだった。