「……警察呼ぶか?」
阿古羅はとんでもない提案をしてきた。
「よっ、呼ばなくていい。むしろ呼んだら、もっと状況が酷くなる。父さんに、すげぇ暴力振るわれる」
俺は慌てて否定した。
「は? なんで?」
「……たぶん居留守使われて、警察がいなくなった瞬間、めっちゃ暴力振るわれるハメになる」
「だったら、今日から俺の家に住め!」
「……は? 何言ってんだよ? 住むわけないだろ」
馬鹿げている。
虐待をされているからって会ったばかりの奴を家に泊めようとするなんて、とても正気の沙汰ではない。むしろ異常だ。
「住むって言えよ!」
阿古羅はハンカチを持っていない方の手で俺の左肩をつかんで、叫んだ。
「なんで」
「だってこのままだと、お前、下手したら殺されるぞ?」
俺を睨みつけて、阿古羅は叫んだ。
「……殺されてもいい。むしろ死にたい。毎日あんなことされてたら、ちっとも楽しいと思えないし」
口から出たその言葉は、本心だった。
毎日毎日苦しめられて、痛みに唸るハメになるくらいなら死にたい。
自殺したい。
永遠にあんな地獄を味わうハメになるくらいなら、さっさと死にたい。
俺は本気でそう思っている。
「……ハッ。本当にそう思ってんのか? 嘘じゃないか?」
阿古羅は手を離して、俺を小馬鹿にするみたいに笑った。
「そんなことない! 俺は本当に死んでいいと思ってる! 死ぬのなんて怖くない!」
「じゃあなんで俺に感謝した? 本当は死にたくないと思ってるからじゃないのか?」
「それは……っ!」
何故か、理由を言えなかった。
「本当に死にたいと思ってるなら、俺に感謝しないよな? それどころか助けた俺を恨むんじゃないか? そうだよなぁ? だってあのまま虐待を耐えてたら、お前は死ぬことができたかもしれないんだから」
阿古羅の言葉が、鋭いナイフのように俺の心を射抜く。
その通りだ。
確かに俺はあのまま虐待に耐えていたら、死ぬことができたかもしれない。
あのまま耐えていたら、俺はプライドをズタズタにされて、身体を身動きがとれなくなるまで滅茶苦茶にされた後で道路に投げ出されて、車に轢かれて死ぬことができたかもしれない。
そんなの考えればすぐにわかることなのに。それなのになんで俺は、俺を生かそうとした阿古羅に感謝したんだ?
そんなのまるで、俺が助けられたことにほっとしたみたいじゃないか。
死にたくないと思っているみたいじゃないか……。