トイレは親切なことに洗面所が二つ並んでいた。
「さっきはなんで俺が危ないのに気づいたんだ?」
 俺はポケットからハンカチを取り出して、トイレの入り口に近いところにある洗面所の蛇口を回しながら尋ねた。
「コンビニで飯買って教室に戻って食べようと思ってたら、お前の悲鳴が聞こえて」
 俺の隣にいる阿古羅は肩に掛けているコンビニの袋を俺に見せながらいう。
「そっか……。庇ってくれて本当にありがとう」
 俺はハンカチを濡らしながら、礼を言った。
「おう!」
 俺の言葉に頷くと、阿古羅は床に鞄とコンビニの袋を置いてから、ブレザーを脱いだ。

「あ、持つよ」
 蛇口の水を止めて、俺は言う。

「その行為はありがたいけど、断わるわ。人に親切にする前に、その首冷やせ」
「……わかった。あ、阿古羅これ使って。火傷って水直に当てない方がいいらしいから」
 俺はポケットから二枚目のハンカチを取り出して、阿古羅に差し出した。
 直に当てるのが良くないと知ったのは、中学三年生の時。太ももにライターを当てられて火傷をさせられて、手当の仕方をスマフォで調べたら、そう書かれていた。
「おっ、サンキュー。何でハンカチが二枚もあんだ?」
 ハンカチを受け取ってから、阿古羅は首を傾げる。

「……火傷はよくさせられるから」
 俺は阿古羅から目を逸らして、手に持っているハンカチを絞りながら答えた。

「……そうか。悪いな、言いにくいこと言わせちまって」
 阿古羅が床にブレザーを投げてから、申し訳なさそうに目尻を下げる。
「いや、大丈夫」
 俺は濡れたハンカチを鎖骨に当てながら、小さな声で言った。

「直に当てない方がいいのは、病院で知ったのか?」
 阿古羅が自分の目の前にある蛇口を回して、ハンカチを濡らしながらいう。
「……いや、自分で調べた。病院には連れてってもらえないから」
「まさか、いったら虐待のことが医者にバレる可能性があるからか?」
 阿古羅は蛇口の水を止めて、俺の顔を覗きこんだ。
「……うん」
 俺は小さな声で頷いた。
「はあ? なんだよそれ! そんなの可笑しいだろ!」
 阿古羅は俺を睨みつけて、声が枯れるくらいデカい声で叫んだ。
 その態度はまるで、俺の環境に本気で怒っているかのようだった。

 俺は目を見開いて阿古羅を見た。

 なんだこいつ。なんでこんなに怒ってるんだ?

 たかが同級生の家の異常さに、どうしてそこまで怒れるんだ?
 理解できない。
 俺は阿古羅の態度にとても困惑した。