「とっ、父さん、それは……やだ」
これ以上火傷はしたくない。
俺は震えながら、後ろに下がった。
父さんはじりじりと距離を詰めてきた。
「お前に拒否権なんてないんだよ」
壁が真後ろにせまるところまで俺を追い詰めると、父さんは笑いながら、カップラーメンの容器をゆらゆらと揺らした。
「父さん、でもそれ今使うなら、俺のお昼は?」
「あ? これがお昼だよ。自分にかかったスープと具と麺を舐めて、腹を満たせよ」
「俺は犬じゃない」
「ああ、お前は犬じゃない。俺の奴隷だよ」
……奴隷。
心臓が痛い。まるで、握りつぶされているみたいだ。
「父さん、俺は……父さんの息子だよ?」
「そうだな。俺はお前を息子だと思ったことなんて一度も無いけどな」
「……虐待する前も、息子だと思ってなかったの?」
「虐待する前はそう思っていたのかもしれないな。そんな昔のこと、もう忘れたけどな」
恐怖と悲しさと痛みに支配されて、涙が流れてきた。
……愛されたい。大事にされたい。可愛がられたい。
――たった一人の息子として。
そう思うことすら罪だと言われているような気がして、涙は絶えず流れた。
「泣いたってやめないからな」
カップラーメンの容器をゆらゆらと揺らしながら、冷たい目をして父さんは笑う。
……愛がない。あまりになさすぎる。
俺は父さんから目を逸らして、数メートル先にある道路を見た。
……できることなら、隙を見て逃げたい。
虐待をされるたびにこんなに辛いことを想うハメになるくらいなら、本当に逃げたい。
でも、無理だよな。
「……怖いのか? 逃げたいか」
俺は何も言わず、顔を伏せる。
「まぁでも、そんなの無理だけどな」
父さんはそう言うと、カップラーメンの中身を俺の胸にぶちまけようとした。
だがその瞬間、道路にいた誰かが俺と父さんの間に割って入ってきて、俺を庇って、カップラーメンの中身を被った。
「アッツ!?」
火傷した腹を触りながらそう叫んだのは、俺と同じ制服を着た高校生だった。
その男は、髪が透き通っているかのように白くて、吊り上がった瞳をしていた。
コイツ、知ってる。隣のクラスの阿古羅零次だ。
白髪と吊り上がった瞳が特徴で、女遊びが激しくて、学年中でチャラいって噂されている。
話したことはないけど、顔だけはよく知っている。こいつは虐待のことがあるからって友達を作ろうとしていない俺と違って、有名人だから。
阿古羅は右肩に学生鞄とコンビニの袋をかけていた。