「……じゃあ二人で心中でもするか? 俺の父親がここに来る前に」
「えっ」
俺は思わず零次の腰から手を離した。
「ハッ。嘘だよ嘘。そんなことしねぇよ。俺だけ生き残ったりしたら、絶対嫌だし」
焦った俺を小馬鹿にするみたいに、零次は笑う。
その笑顔は痛々しくて、とても辛そうな顔だった。
「零次……俺は本当にお前と一緒にいたいよ」
俺は零次を見ながら、泣きながら言った。零次は俺を見て、作り笑いをした。
「ああ、俺も。でも無理だ。俺達は一緒にいても幸せになれない。一緒にいたら、多分どちらかが死ぬか、あるいは両方死ぬハメになる。そういう運命なんだよ。俺達が一緒にいても、バッドエンドにしかならない」
その言葉は、俺が想った言葉と殆ど同じ意味だった。
「れっ、零次」
「……海里、ここまで来てくれて本当にありがとな」
「え?」
「じゃあな」
零次は立ち上がると、海に向かって走った。
俺は慌てて立ち上がって、零次の後を追い、海の中に入ろうとする零次の手を掴んだ。
「ふざけんな!! 何で人の自殺は止めたくせに、死のうとすんだよ!」
俺は声が枯れる勢いで叫んだ。
「……だって父親に殺されて死ぬくらいなら自分で死んだ方がいいじゃん」
零次が言ったのは、絶望していた俺が想っていたのと同じ言葉だった。
「それ言われたら確かに否定できねぇけどさ……俺は嫌だよ。お前が死んだら」
「はぁー、じゃあ一緒に逃げるか。海外でも。居場所バレそうになったら逃げるのをひたすら繰り返して、俺の父親から逃げまくるか」
そういって、零次は演技にしか見えないような呑気な顔をして笑った。
「……でも、そんなことしたら」
「ああ。たぶんいつか見つかって、俺が親父に殺される」
目じりを下げて、零次は悲しそうに顔を伏せる。
「そんなの嫌だよ。俺、零次とずっと一緒にいたいし」
「ああ、俺もずっと一緒にいたい。でも無理なんだよなぁ……」
零次の涙が、また俺の包帯に落ちた。
「……零次、無理じゃないかも」
「は?」
「零次の父親を、児童虐待の容疑で逮捕すればいいんだよ」
俺の提案に、零次は作り笑いをして首を振る。
「……無理だよ。俺が殺されそうになってる動画を撮んのは。父親は絶対部下を連れてくる。俺達が二人でいるのを見越してな。だから絶対無理だ」
「じゃあどうすんだよ! 父親に殺されるのを黙って受け入れんのかっ!?」
零次の胸倉を掴んで、俺は叫んだ。
「……海里が自殺するのを許してくれないなら、そうするしかないかもな」
「ふざけんな! 人が死ぬのは散々止めたくせに、そんなこと言ってんじゃねぇよ!」
そうするしかないなんて言わないで欲しかった。どうしようもない状況だからって何もかも諦めないで欲しかった。俺の人生をどうしようもない状況から必死で救ってくれたくせに、そんな風に言わないでほしかった。
俺が生きたいと思ってるのを見破って自殺を止めてくれたのは零次なのに、零次自身は自殺にためらいがないのすごい嫌だと思った。
さんざん考えて出した結論でも、それだけは嫌だと思った。
「……ごめんな、海里。でももうダメだ。ゲームオーバーだ。俺達は」
「は?なんでだよ」
「……お前が俺の場所を父親に教えたからだよ。せっかくハッキングされてるスマフォを壊してから海に行ったのに、お前が俺の居場所を父さんに教えちまった。……父さん、きっとお前を尾行してる。もうすぐ、ここに着くよ」
「なっ!?」
思わず言葉を失う。
俺は唇を噛んだ。
――何かないのか。俺ら二人とも助かる方法。
「海里、もういい。もう二人で生きようとしなくていい。全部俺の自業自得だから」
「嫌だ! 絶対嫌だ! お前がいない世界で生きるのなんて!」
零次の胸倉をさらに強い力で握りしめて、俺は叫んだ。
「駄々っ子か」
俺を馬鹿にするみたいに、零次は笑った。
「駄々もこねたくなるよ! だって俺、お前がいなかったら……死んで……っ」
力が抜けて、零次の胸から手が滑り落ちる。
零次は俺の頬に手をやって、涙を拭った。
「ごめんな、助けて」
「え……?」
涙を拭いながら、俺は聞き返す。
「こんな酷い結末になるくらいだったら、出会わない方が良かったかもな俺達」
俺は零次を砂浜に押し倒した。
「ふざけんな! そんなこと言うなよ!!」
零次の胸を何度も何度も俺は叩いた。
零次は笑って、俺の頭を撫でた。
「……ありがとな、そんな風に言ってくれて」
その言葉は、俺がかつて零次に向けて言った言葉だった。
思わず俺は言葉を失う。
俺達は本当にここで終わりなのか?
俺達が一緒に生きる方法は、本当に一つも残されていないのか?
いや、違う。
そんなことないハズだ。
考えろ。――考えろ、二人で幸せをつかみ取る方法を。
警察を呼んでも、零次の父親がそれより先に来たら意味ないよな。
じゃあ誰かに助けを求めるのは?
母さんに電話をかけてもしょうがないよな。一体、誰にかければいいんだ?
――ダメだ。思いつかない。
零次の父親から逃げる方法が、全く思いつかない。
本当に方法は一つもないのか……?
いや、ある。一つだけ。
「零次、服屋に行こう」
「え? ……まさか海里、変装でもする気か?」
「うん。女装して逃げる」
俺がそう言うと、零次は鼻で笑った。
「ハッ、アホか。女装なんてしても顔でバレるに決まってるだろ」
「ああもう! うるさいな! やってみなきゃわかんないだろ! ……頼むから、少しは自分のために動いてくれよ!!」
俺の言葉を聞いて、零次はほんの少しだけ目を大きく開けた。
「……俺、監禁をされる前に、お前に会いたかったよ。そうなってたら、自分のために動けたのかもしれないな」
そういうと、零次は俺の肩をどんと押してから、立ち上がった。
「うわっ」
咄嗟のことでまともに反応できなかった俺はバランスを崩して、砂浜にしりもちをついた。
――バシャンッ!
俺が身体を起き上がらせた瞬間、零次が海に飛び込んだ。
「れっ、零次!!」
俺は慌てて零次の後を追って、海に潜った。
でも俺は怪我のせいでまともに泳ぐことも出来なくて、すぐに意識を失ってしまった。
「それじゃあ、成人を祝しまして、カンパーイ!」
奈緒が笑って、美和のグラスに自分のグラスを近づける。
「かんぱーい」
美和はそういって、奈緒のグラスに自分のグラスを近づけた。
二人ともテンションが高すぎる。
「……」
帰りたい。
俺はテーブルを挟んで向かいにいる奈緒と美和を見ながら、そんなことを想った。
一月八日、夜。
成人式を終えた俺は、奈緒と美和と一緒に、居酒屋に飲みにきていた。
「海里君、ちゃんと食べてる? 細いんだからガツガツ食べなよ?」
成人したくせにジンジャーエールを飲んでいる俺の顔を覗きこんで、奈緒は笑う。
成人した奈緒は、相変わらず茶髪で身長が低くて、整った顔をしていた。
「……食べてるよ」
俺は奈緒から目を逸らして、食事が取り分けられている自分の皿に目をやった。
滑稽なくらい量が減っていない。
「嘘! ご飯全然減ってないじゃん! お酒も飲んでないし! 海里君、私が朝連絡しなかったら、今日来ない気だったでしょ! だから乗り気じゃないんじゃない?」
手に持っているビールをごくっと飲み干して、不満げに奈緒は言う。
見てて気持ちいいくらい飲みっぷりがいい。俺とは正反対だ。
「……そうだな」
俺は奈緒の言葉に適当に返事をした。
食欲どころか、俺には物欲も性欲もない。
あるのはもの凄い喪失感だけだ。四年前からずっと。
もう零次がいなくなってから、四年が過ぎてしまった。
「はぁー」
「あのさーテンションただ下がりするからため息つくのやめてくんない? まぁ海里はあいつがいないせいで、常時テンションが低いんだろうけど」
奈緒の隣にいる美和が、呆れたようにいう。
返す言葉も思いつかず、俺は机に顔を突っ伏した。
「美和、それ禁句。海里君、さらにテンション下がってるよ」
「ごめん。そんなに気を落とさないで、元気だしなさいよ。海里はよくやったじゃない」
「……そんなことない」
だって俺は、零次を見つけられてないんだから。
俺はあの日以来、零次に会えていない。
あいつの遺体は闇金会社の奴らが専門家に頼んで一年という時間をかけて探しても見つからなかった。
そのせいで金を返してもらえなかった零次の父親は荒れに荒れて、闇金の仕事をやめてニートとして生活するようになった。
要はあの父親は息子が死亡している可能性が高いとわかってから、かなり堕落した生活を送るようになったんだ。
必ず見つけ出すと言っていた割に、一年でそいつは諦めた。
意外と諦めが早かった。俺と違って。
俺は零次が海で身投げをしてから四年がたった今でも、奴のことを探し続けている。奈緒と美和に何度もう諦めようって言われても、探し続けている。
四年も見つからなければ死んでる可能性がかなり高いとわかっているのに、ずっと探し続けている。そんなことをしても意味がないというのに。
「……そんなに零次君が大事?」
俺の頭を撫でて、奈緒は首を傾げる。
「……アイツがいなきゃ、生きてる意味がないんだよ」
本気でそう思っている。
アイツが隣にいてくれることが俺の生きる意味で。
アイツと一緒に過ごした日々が、くそったれだった俺の人生があった意味で。
アイツがいなきゃ、俺の人生には何もない。だって俺は死ぬハズだった。
本当ならこんなに生かされたりしないで、とっくに殺されるハズだったんだ。
零次はそんな俺を、生かしてくれた。
理不尽な世界に反抗する気もなくして、自分の人生が崩れていく様をただ眺めていた俺を、必死で助けてくれた。
――自分も地獄みたいな世界にいたハズなのに。本当は俺を助けたいなんて思ってはいけない環境にいたのに、俺を助けてくれた。
神様みたいに、俺のことを救ってくれた。
地獄だった世界を、本当に天国に変えてくれた。
そんな風にしてくれた零次といることが、いつの間にか俺の生きる意味になった。
……アイツがいなきゃ笑えない。
アイツがいなきゃ、好きな食べ物を食べてもおいしいと思えない。
アイツがいなきゃ、何か嬉しいことがあっても気分が上がらない。
アイツがいなきゃ、生きているのを楽しいと思えない。
たかが一か月半。されど一か月半なんだ。
あいつは俺の人生を一か月間半でもの凄い違うものにして、俺の価値観を百八十度くらい変えて、ものすごい勝手に消えた。
そんなことをされて忘れることができたら、それこそ奇跡というヤツなんだ。
「……ちょっと、星でも見てくる」
「そのまま帰んないでよー?」
俺は奈緒の言葉に何も答えず、席を立った。
「うっ……寒」
飲み屋を出ると、冷たい風が肌に当たって、俺は思わずぶるぶると身体を震わせた。
「瀬戸じゃん! 久しぶり! 元気だったか?」
飲み屋の隣にあるコンビニの前にいくと、入り口の前で煙草を吸っていた男が、俺に声をかけてきた。
男は金髪で、少し垂れた優しそうな瞳をしていた。
「悪い。……誰だっけ?」
誰か分からなくて、俺は思わず首を傾げた。
「御影雷だよ! 高校の時、お前の隣のクラスだった。改めてよろしく! 井島も煙草吸うか?」
煙草の箱とライターを取り出して、御影は言う。
「……いや、俺はいい。……俺、火見るの嫌いだし」
首を振って、俺は顔を伏せた。
「へぇ……。それは鎖骨を炙られたことがあるからか?」
耳を疑った。
――なんで。どうして。
俺は顔を上げて、男を見た。金髪に、垂れ目。……やっぱり違う、別人だ。
「……何でお前が、それを知ってるんだよ」
俺は男の服の袖を掴んで、問い詰めた。
「そんなの聞かなくても、わかってんじゃねぇの?」
その言葉を聞いただけで、鳥肌が立った。
目の前にいる男は零次とはとても似つかない顔をしていた。
似ていなかったんだ、本当に。
似ていなかったけれど、そのことを知っているのは零次しかいなかった。
涙が出た。
「れっ、零次……? でも、なんで……?」
胸が締め付けられて、掠れた悲鳴のような声が出た。
「……整形したんだよ。成人してすぐに。だからこの顔になった」
確かに未成年じゃなければ、親の同意がなくても整形できるな。
「なっ、なんで……! 生きてたなら、何で今まで会いに来なかった!」
「……会う勇気がなかったんだよ。それに、死にかけてたからな。俺、目覚めたの去年の十二月なんだぜ? それまではずっと眠ってた。生と死の淵を彷徨ってたんだよ」
「……えっ」
「……ごめん、今の嘘。本当は四年前の十二月の初めくらいに目が覚めた」
「はっ、はぁっ??」
思わず大声をあげる。
四年前の十二月の初めだと?
じゃあ、身投げしてから一週間くらいで目を覚ましたのか?
「懐かしいなぁ……そのオーバーリアクション。何も変わってねぇな、海里」
零次は俺を見て目尻を下げて笑った。
「……変わってないんじゃない。変われなかったんだよ、お前に時間を止められたせいで。お前は俺の時間を止めた。勝手に進ませて、勝手に止めたんだ」
涙を拭いながら、俺はそう不満気にぼやいた。
「そうだな。……ごめんな、海里」
「ごめんじゃねぇよ……今まで何してたんだよ」
「……死のうとしてた。飛び降り自殺でも何でもして、死んでやろうと思ってた。死ぬつもりで身投げしたのに助かったのに腹が立って、本気で死のうとしてた。一生良くならない自分の人生に、本気で飽き飽きしてたんだ。でも死のうとするたびにお前を思い出して、死ぬ気になれなかった。どんなにこんな身体で再会しても仕方がないって言い聞かせても死ねなかった。だから整形して会いに来たんだよ」
「……こんな身体?」
思わず首を傾げる。
一体どういう意味だ?
零次は何も言わず、ズボンの右足の方をまくった。
「えっ……」
右足の膝から下が銀色の義足になっていた。
予想外の出来事に驚いて、言葉に詰まる。
「……そこだけじゃねぇよ」
零次は俺の手を掴むと、自分の右足の付け根のとこまで移動させた。
ザラザラした、機械の感触。
……膝から下だけじゃない、右足全体が義足だ。
なんてことだ。まさかこんな風になっているなんて……。
義足の足は、見てるだけで痛々しかった。
「……身投げの代償だ。治療費は海で死にかけてた俺を助けてくれた夫婦に払ってもらった。父親のこととお前のこと全部話して、治療費は仕事して自分で払うから、医者の前で親のふりをしてくれないかって頼んだら、本当の息子みたいに接してくれるなら、喜んで親のふりをするし、治療費も払ってやるって言ってくれたから。その人達奥さんが体が弱いせいで子供ができなかったみたいでさ、俺のこと、まるで本当の息子みたいに可愛がってくれたんだ。すげぇ嬉しかったよ」
「じゃあ、雷っていうのはその人達がお前につけた名前なのか?」
「いや、それは自分を皮肉っていっただけ。だって俺、お前に嘘つきすぎじゃん? 雷って名乗れば、お前が気づくかと思ったんだよ。それなのにお前、俺が種明かしするまで全然気づかなかったな」
lieと雷。英語の嘘とかけてたのか。
「だって、顔変わってるし」
零次から目を逸らして、俺はぼやく。
「でもそれ、逆に言うと顔だけじゃん? 身長も声もいじってないから、気づくと思ったんだけどなー」
「うっせ。……本当はなんて名前なんだよ」
「御影幸成。幸せに成れるってかいてゆきなりだぜ? ……幸せとは程遠い環境にいた俺がこんな名前をつけられるなんて、本当にびっくりだよな。あの人達、本当に俺にはもったいないくらい良い親だよ」
零次の新しい名前を、声に出して呟いてみる。
「幸……成……」
確かに、良い名前だ。その名前を聞いただけで、いい夫婦だとわかるくらいには。
「ごめんな? ……この足をお前に見られたくなくて、ずっと会いにいこうとしなかっかったんだ。ごめん。こんなに来るのが遅くなって」
そういうと、零次は九十度くらいの深いお辞儀をした。俺はそれを見て、慌てて声を上げた。
「やっ、やめろよ。謝んな。……そんなことがあったら、躊躇って当然だろ」
「本当にそう思ってんのか? 四年も待たせてんじゃねぇよって少しも思ってないのか?」
零次が俺の両腕を握り締めて、鬼気迫る様子で言う。その様子はまるで、そう言われたいと訴えているかのようだった。
いや、熱烈にそう訴えていた。
四年も来なかった自分を裁いてくれと、零次は訴えていた。そんな零次を見てたら、俺は今までの寂しさが一気にこみあげてきた。
「思ってるよ! なんでもっと早く来てくれなかったんだってすげぇ思ってる!! 俺っ、寂しかった! ……地獄に連れ戻されたと想って、神様を恨んだ! 生きてる心地が、ずっとしてなかった!」
こみあげてきた寂しさは、熱烈な叫びに変換された。
「……ごめん。……ごめんな。本当にごめん」
耳元で囁くように言って、零次は俺を抱きしめる。
零次の服に爪を喰い込ませて、声を殺して俺は泣いた。
「いいよ。我慢しなくて。馬鹿みたいに泣けばいい。もう離れないから」
その言葉を聞いただけで、涙が堰を切ったように溢れ出した。
「うっ、ああああぁぁぁっ!!!」
プライドもなにもかもかなぐり捨てて、俺は赤ん坊のように泣き喚いた。
「落ち着いたか?」
三十分くらいで泣いたところで、零次は笑いながら俺の頭を撫でてくれた。
「馬鹿。……馬鹿零次。……大切にするつったくせに」
「なっ? 大切にしてるよお前のことは。だから助けた」
一瞬狼狽えてから、零次は頬を掻いて言葉を返した。
「してない。俺のことも考えないで死のうとしたじゃん」
「うっ」
弱ったというように零次は俺の身体から手を離して、自分の口をおさえる。
「それにお前、あの日俺のこと助けなかったじゃん」
俺はあの日、零次の父親に助けられた。海に飛び込んで溺れかけた俺を、零次は助けてくれなかった。
「だってあん時は、親父がお前を助けるって確信してたから」
「お前の親が俺を助けて、俺に零次はどうしたって聞くとこまで予想ついてたのか?」
「ああ。だから身投げした」
「零次は勝手だ。すげぇ勝手で、自己中だ。頼んでもないのに俺のこと勝手に救って、人の人生を勝手に変えて勝手にいなくなって。される側の気持ちを少しも考えてない」
「なっ!? ……俺だってなぁ、色々悩んで、お前のそばからいなくなろうって決めたんだぞ? 俺がいない方がお前は幸せになると思ったんだよ!」
零次は眉間に皺を寄せて、俺を睨みつける。
「なんで? お前が親に殺されそうになってたから?」
「……そうだよ。俺といたらお前が俺を庇ったりして酷い目に遭うと思った」
「じゃあ零次は俺の幸福は、一生酷い目に遭わないで暮らすことだと思ったのか?」
「そうだよ」
「そんな幸せいらない! 欲しくない! お前がいないと、俺には生きてる意味もない! ……だって俺は、お前がいなかったらとっくに死んでたハズなんだから! お前がいなきゃ、俺は生きた心地がしないんだよ!!!」
俺は零次の服をつかんで泣き崩れた。
「……そんなに嫌だった? 俺がいなくなんの」
「嫌だったよ! お前が死ぬのもいなくなんのも嫌だった!」
零次の腹を何度も何度も叩いて、俺は叫んだ。
「ちょっ、痛い。障害者をそんな乱暴に扱うなよ」
「……乱暴に扱いたくもなるよ! だって四年だぞ! 俺がその間にどれだけ死のうと思ったと思ってんだよ!」
俺の言葉に驚いて、零次は目を見開く。
「……死のうとしてたのか?」
「ああ。何度も死のうとした。崖から飛び降りようとか、橋から飛び降りようとか、電車に轢かれようとか、首つろうとか色々考えた。でもその度にお前の死体がまだ見つかってないことを思い出して、死ぬ気になれなかったんだよ!」
それは本当だった。
俺は零次がいなくなってから、何度も死のうとした。少なくとも一か月に一回はこいつがいない事実に絶望して、死のうと考えてた。
「ごめん、そんなに苦しめて。俺、お前がそんなに引きずると思ってなかった」
零次は俺の涙を、優しい手つきで拭った。
「引きずるよ! だって俺は、本当は死ぬハズだった。お前に助けられなければ、死ぬことになってた。……お前に出会わなければ、こんなに生きてなかった。車に轢かれて事故死に偽装されるか、実親に殺されて他殺に偽装されるかするハズだったんだ。お前はそんな俺を突然救った! 死ぬハズだった俺を生かしてくれて、俺の世界を地獄から天国に変えてくれた! お前は俺にとって、神様みたいな奴なんだよ!」
俺の言葉に驚いて、零次はますます目を見開く。
「神……様?」
「……そうだよ。ずっと生きてるのが苦しかった。毎日ガレージに閉じ込められたり、火で炙られたりして、生きてるのをずっと苦しいと思ってた。早く父親に殺されたいと思ってた。……零次はそんな俺の価値観を変えてくれた。生きたいって思っていたのを思い出させてくれた。死にたがりの俺を散々笑わせて、生きるのは楽しいことだって教えてくれた。俺はお前に出会って、世界が変わったんだよ!」
一筋の涙が、零次の頬を伝う。
「……俺も、そうだった。……大好きな母親を殺されて、車の中に閉じ込められて、生きてるのをずっと苦しいと思ってた。でも死ぬ勇気もなくて……。ただただ毎日を死んだように過ごしてた。楽しいことなんて何一つなかった。でもお前に出会って、その価値観が変わった。……お前といて、母親が死んで以来初めて、生きてるのを楽しいと思えた。幸福だと思えた。俺はお前に出会って、世界が変わったんだ」
「零次……今度はずっと一緒にいて……。もう離れないで」
俺は零次の服を力いっぱいにぎりしめて、すがるように言った。
「ああ、離れないよ。お前とずっと一緒にいるために顔も変えたんだ。だから絶対に離れない。一生そばにいるよ」
零次は笑って、俺の頭を撫でた。
(了)