「れっ、零次……」
 俺の右腕の包帯に、零次の涙が何度も何度も落ちる。
 落ちるたびに腕がズキズキと痛んで、俺は顔をしかめた。
 その痛みはまるで、零次の辛さを体現しているかのように痛かった。

「なぁ海里、なんで人の心ってのはこんなに複雑なんだ? 
 ……俺は、ずっと自由が欲しかった。
 それなのに俺は親父を裏切って、お前を助けちまったんだよ! そんなことをしたら殺されるとわかっていたのに。俺は親父に殺されないために、お前を救いたいって気持ちを押し殺して動画を渡しに行こうとしたのに、途中でお前の虐待を見て……っ!」
 言葉にならない声を上げて、零次は泣き崩れる。
「……俺はお前を素通りしようと思った。虐待なんて見ぬふりして、親父に動画を渡しに行こうと思った。それなのに!!」
 俺の両腕をつかんで、零次は叫んだ。
「れっ、零次」
「俺はずっと牢獄の中にいた。大好きだった母さんを殺されて、大嫌いな父親の車の中に、足を縄で縛られて閉じ込められて。
 ……風呂には三日に一回しか入れてもらえなくて、ビニール袋に用をたすのを強要されて。……言葉なんかじゃとても現わしきれないような苦痛を何度も味わった。
 でもその環境は、突然壊された!
 お前の父親が金を返さなかったおかげで、俺はつかの間の自由を手にすることができたんだ。だから俺は、その自由を守らなきゃいけないと思った。虐待の動画を撮って、それを父親に渡すだけでその自由を永遠に手にすることができるといわれてるなら、ちゃんとそうするべきだったんだ! 
 それなのに俺は、お前にほだされた! お前を見て、助けてやりたいと思っちまったんだよ! 
 つかの間でも自由を手に入れた俺と違って、お前はずっと牢獄の中にいたから! しかもその環境から、逃げようともしていなかったから! 
 そんなお前を見ているのが嫌になって、俺はお前を本気で助けようとしたんだ! 
 ……そんなことをしたら、自分の人生が終わってしまうと分かっていたのに」
 零次が言ったその言葉は、切実さに溢れていた。
 俺の瞳から、涙が零れ落ちる。
「……は? 何でお前が泣くんだよ」
 涙を流した俺を見て、零次は信じられないといった顔をした。
「だって俺、知らなくて。……全部知らないで、お前と仲良くしてたからっ!」
 声を上げて叫んだその言葉は、本心だった。