行燈の薄明かりの中で、じっと目をこらす。

唐草文様のぐるぐると複雑に渦巻いた透かし彫りの向こうに、寝巻き姿の晋太郎さんが見えた。

部屋に入り、着物の兵児帯に少し手をかけてから、膝を落とす。

「あ、あのっ!」

勇気を出して飛び起きた私に、その大きな肩はビクリと動いた。

「お、お話があるのですけど……」

「……何でしょう」

晋太郎さんは襟元を整え、枕元に正座する。

私も慌てて、その正面に座った。

その人のぎゅっと握りしめた拳の関節が、行燈の灯りに照らされて浮かび上がる。

こうして向かい合ったはいいが、何を話すのか考えていなかった。

今夜は絶対にこの人に話しかけようと、そのことだけで頭は一杯だった。

「……。わ、私は、桃より梨が好きです」

ようやく思いついたそれだけを言って、恐る恐る晋太郎さんを見上げる。

「あ、もちろん桃も好きですけど……」

自分でも失敗したと分かっている。

晋太郎さんは微動だにせず、何も表情を変えないまま、じっと私を見下ろしている。

「あ、甘納豆も好きですが、汁粉も好きです。焼き栗も好きだし、蒸かした芋も好きです」

自分の寝巻きの袖を、ぎゅっと握りしめた。

「晋太郎さんのことは……、私は、お義母さまからたくさん聞いて知っていますけど、晋太郎さんは、私のこと、あまり知らないだろうと思って……」

「……そうですね」

沈黙が続く。

さほど広くはない部屋で、行燈の明かりが揺れている。

この人からの言葉はない。

「また明日も、お話ししてもいいですか?」

「……。まぁ、それほど長くないのであれば……」

そう言われて、どうしていいのか分からないまま、もじもじとしている。

その人はふいに横顔を向けると、立ち上がった。

「話が済んだのなら、休みます。失礼」

「わ、私にも、何か言いたいことがあったら、遠慮せずおっしゃってください」

「えぇ、分かりました。互いに遠慮は無用です」

その人は衝立の向こうでさっさと横になると、布団をかぶり背を向けてしまった。

私も布団に潜り込む。

これでいいんだ。

ちょっとずつ、ちょっとずつでいいから、ゆっくり、ちゃんと、仲良くなろう。

そう誓って、目を閉じた。