「嫁入り前に花婿の顔を見に行くだなんて、何ということをしでかしたのです。本気ですか? 信じられない」

「だ、だって、嫌じゃないですか!」

「なにが」

「……。気に入らなければ、断固としてお断りするつもりでおりました」

この人はまた盛大なため息をつく。

「なんてお転婆だ。義兄上どののおっしゃる通り、とんでもない方を妻にお迎えしたようだ」

「まぁ、酷い!」

顔が真っ赤になる。

「し、晋太郎さんだって、知らぬ相手と縁組みするのは、嫌だったのでしょう?」

「そう言われれば、なんとなくですが思い出しました。あなたは変装をしていましたね。どこぞの商家の娘のような格好をしていれば、そんなもの気づきませんよ」

腕が伸びる。

その胸に抱き寄せられた。

「……ではあの時に、あなたは私をお気に召したから、こちらへ参ったのですね」

返事の代わりに、一つうなずく。

「はぁ……。この先はもう二度と、そのような無茶は御免被りたい」

「無茶とはなんです?」

「ふらふらと外を出歩くようなことです! おかげで私は、とんでもない過ちを犯すところでした」

大きな手が、頬にそっと触れる。

「なんとしても離縁される前に、あなたを見つけ出さねばならなかったので……」

「近いうちに、あの店へご挨拶に行きましょう。珠代さまのところにも」

「えぇ、もちろんです。悪いことをいたしました。きちんとお詫びをしなければなりません。その時はあなたも一緒ですよ」

唇を重ねる。

それはとても不思議な感覚だった。

春になったら今度は一緒に種を蒔こう。

きれいな花をたくさん咲かせるように、一緒に世話をしよう。

あの奥の部屋を明るく照らす光になろう。

そして次のお盆には、この人と一緒に墓参りに行こう。

庭に咲く美しい桔梗の花を持って。




 晋太郎さんの手が、私の帯をほどいた。



【完】