「なぜあのようなことをなさったのです!」

冷たい雨が、震える心臓が、体を震わせる。

その人は背を向けたまま立ち止まった。

「なぜ家を出て行こうと思ったのですか」

「出て行こうなどと、思ってはおりません!」

「……嘘だ。文台を探したのに、離縁状がなかった」

「私が家に戻ったと思われたのですか?」

この人の肩も雨に濡れている。

「……。珠代さまの、墓参りに行っておりました」

霧雨に再び雨粒が混じり始めた。

「お願いを……してきたのです。あなたのことを、教えてくださいと。家の者を連れて行かなかったのは、行き先を知られたくなかったからです」

ようやくその人は振り返った。

「教えて欲しければ、私に直接聞けばよいではないですか!」

「それが出来ないから困っているのです!」

「どうして出来ないのですか」

「あなたが私を好いてはおらぬからです!」

視界が滲む。

その人の腕が伸びた。

手首を掴まれ、壁に押しつけられる。

その人が近づいた。

唇を塞ぐ。

息をすることすら許さぬその強さに、私は目を閉じた。

「志乃さん。どうか私と添い遂げてくださいませんか。生涯をかけて、あなたをお守りすると誓います」

この人にこんなにも強く抱きしめられるのは、もう二度とないかもしれない。

「どうかもう一度……、それをお許しください」

降りしきる雨が、この人の頬を濡らしていた。

大きな背に腕を回す。

「……はい。私こそ、よろしくお願いします」

「ありがとう」

その人は震える声で、そうつぶやいた。