「おや珍しい。今日はまだ起きているのですか」

そんなことを言いながら横になる。

衝立の透かし彫りの向こうに見える横顔は、いつものように目を閉じた。

「起きていてはいけませんか?」

「いいえ。最近はなかなかお話する機会も少なかったので。何か気にかかるような事でもございましたか」

寝返りを打つ。

見慣れた彫りの向こうで、その人は目を閉じたまま動く様子もない。

「それでは、寝ているのか起きているのかも分かりません」

「起きていますよ、ちゃんと」

ごそごそと衣ずれをさせて、その人はこちらを向いた。

「これでよろしいですか」

「……衝立が邪魔で、よく見えません」

晩秋の静かな夜だ。

行燈の油皿に差した芯の、燃えてゆく音まで聞こえてくる。

「動かしますか?」

この衝立を必要としているのは、本当は私ではなく、晋太郎さんの方ではないのか。

だけどそんなことは言えない。

せめてもと床から浮いた隙間に手を伸ばす。

大きな手はすぐに重ねられた。

何か言わないといけない気はするけど、言葉が見つからない。

この人も何も言わない。

握られた手を、ほんのわずかでも動かしてしまったら、すぐに離されてしまうような気がした。

それでもこの手を離さないでいてくれるのなら、もうそれでもいい。

あなたの心に思う人が、私でなくても構わない。

握る手は緩んでも、ほどかれはしなかった。

またしっかりと私の手を握り直す。

自分の本当に好きな人は、自分だけが知っていれば、それでいい。

「眠るまで、離さないでいてください」

衝立の向こうから、小さなため息が聞こえた。

また何か間違えたんだ。

手を引っ込めたくても、今さらそれも出来ない。

こんなこと、やっぱりするんじゃなかった……。

朝になり目が覚めると、その人はもうそこにいなかった。

なんだ。結局やっぱり、そういうことなんじゃないか。

姿は見えなくても、手のぬくもりと後悔は肌に残っている。

もう迷うことはない。

これ以上嫌われることもない。

奥の部屋へ一番に駆け込んだ。