明け方になって目を覚ますと、すっかり気分はよくなっていた。

全身が汗でベタベタになっていることに気づく。

隣の晋太郎さんも目を覚ました。

指先が額に触れる。

「お加減はどうですか? あぁ、すっかりよくなったようですね」

いつもすっきりと身なりを整え、何一つ乱れたところのないこの人が、ぼろぼろになった髷で着崩れた格好をしている。

頬には枕のあと。

大きなあくびをする。

「今日は勤めがございますので、こればかりは行かねばなりません。熱も下がったようで、安心いたしました」

疲れたような顔で、そっと微笑む。

「あとは母に任せてもよろしいか?」

こくりとうなずいた。

その人は枕元に置きっぱなしのたらいの水で顔を洗うと、そこにあった手ぬぐいで拭く。

「では、行って参ります。今日は早めに帰るようにいたします」

この人の優しさを、素直に受け取れたらと思う。

だけどこれは、珠代さまの身代わりで、この人が見ているのは、私ではなくて……。

あの人が好きなのは、私じゃない。

そう言い聞かせておかなければ、気がおかしくなりそう。

昼前には着替えを済ませ、そのまま横になっていた。

食欲も戻ってきている。

じきに体はよくなるだろう。

外の空気が吸いたくなって、襖を開けた。

新鮮な風が一気に流れ込む。

すっかり体調は戻った。

晋太郎さんは変わらず日中を奥の部屋で過ごし、夜には衝立の向こうで眠った。

秋が深まる。

実りの季節に、桔梗は種をつけた。

「夕餉の支度ができました」

最近の会話といえば、これくらいしかないような気がする。

言いたいことも、他の用事も、奉公人や他の人を介して何もかも出来てしまう。

「ありがとう。いま行きます」

晋太郎さんは、盆に桔梗の種を集めていた。

すっかり荒れ野のようになった庭に、枯れた桔梗が立ち並ぶ。

そのとがった種サヤを指ですりつぶすと、小さな種が出てきた。

「これをまた、春になると蒔くのです」

嫌なことを思い出した。

私は去年、その芽を摘んで叱られたのだ。

「そうしたらまた、来年の夏には美しい花が咲くのです」

静かに微笑む横顔に、ふと顔を背ける。

この気持ちに説明のつかないうちは、きっと誰にも理解はされない。

自分でさえも、それが何であるのか分からないのだ。

私は無言のまま立ち上がり、その場をあとにした。

夜になり布団へ潜っても、その日は枯れた庭と桔梗の種のことばかりを思い浮かべて、いつも以上によけいなことを考えて考えて眠れずにいた。

晋太郎さんが来る頃になっても、まだ寝付けずにいる。