「こういうことは……、私でなくてもよいから、他の誰でもいいので早めに相談してください」

その人の声は、わずかな湿り気を帯びているようだった。

「それともこの家では、そんなことすら話せる相手もおりませんか?」

「泣いているのですか?」

晋太郎さんは鼻水をすすった。

「今はあなたのことを聞いているのです!」

「突然でしたので……相談もなにも……」

正直に言うのなら、熱にうなされる体で話なんかしたくない。

もっとちゃんとしっかりしている時に、きちんとこの人と話しがしたい。

謝りたいことも、言いたいことも、聞きたいことも山ほどある。

それなのに今は、息をするのも辛い。

荒い呼吸のせいにして、そのまま目を閉じる。

額にのった手ぬぐいが交換された。

「あなたもご存じでしょう。珠代さまが突然亡くなったということを……」

目を開ける。

その人はポツリポツリと話し始めた。

「珠代さまが亡くなられたと聞いた時は……本当に肝を潰しました。あの方も急に倒れたそうです。お産のあと、普通に過ごされていたのに……」

閉めきった部屋で、行燈の明かりだけがぼんやりと浮かぶ。

「あの方と出会ったのは……、まだ寺子屋通いを始める前のような年頃でした……」

珠代さまのことを、一人子の晋太郎さんは実の姉のように慕っていた。

お美しく、しっかりとした気性でありながら、優しさも兼ね備えた珠代さまに、晋太郎さんは心惹かれていくようになる。

「身分違いの恋でした。一緒になれるはずもない人でした。そしてその通り、他家へ嫁いだのです」

晋太郎さんはお相手の吉岡さまのこともご存じで、珠代さまの生家でお会いしたこともあったそう。

「吉岡さまは、それこそ文武両道の大変優秀な方で……、どうしたって敵わないことなど、とうに分かっていたのです。それでも……」

晋太郎さんは笑った。

「はは、馬鹿みたいなヤキモチの話しはやめましょう。妬み心なんて、聞いてもつまらないだけです」

晋太郎さんは、私を見下ろした。

「あなたが私のことを好いていないのは、百も承知です。それでも時が経てばと思うておりましたが、私からあなたにそれを求めること自体が、筋違いなのです」

大きな手が伸び、額の手ぬぐいを取った。

それをたらいの水に浸して絞る。

丁寧に広げると、また額にのせた。