「あぁ、やめじゃやめじゃあ!」

突然、晋太郎さんは並んでいた碁石をかき乱した。

「これ、何をする」

義父はそんな晋太郎さんに対して、怒っているのか笑っているのか、ここからでは分からない。

「父上が余計な手を加えるので、志乃さんとの続きが出来なくなりました!」

「何を言う、とっくに勝負は決まっておったわ」

「あの……朝餉の支度が出来ました」

板戸の影から中をのぞく。

二人は驚いたようにビクリとしてから、こちらを振り返った。

「これはこれは、志乃どの」

義父に手招きされ、その前に座る。

コホンと一つ、咳払いをされた。

「そう言えばそなたのお父上、岡田宗治どのは、大変な囲碁の名手と名高いお方。もしや志乃どのも、そのお父上から手ほどきを受けられたか?」

「えぇ、暇の相手に打っておりました。いつも兄と迷惑していたものです」

「ほほう、兄の宗太どのも?」

「はい」

「なるほどなるほど」

お義父さまはそのまま立ち上がると、部屋を出て行く。

「朝餉の支度ができま……」

「志乃さん!」

急な晋太郎さんの大声に、びっくりする。

「父が勝手に石を動かしてしまったので、この勝負は無効となってしまいました」

「はぁ」

「後日改めて再試合を申し込みたいのだが、よろしいか!」

「えぇ、かしこまりました」

食事を始めると、その人は勢いよくご飯をかき込む。

「これ晋太郎、行儀の悪い」

お義父さまからそう言われても、気にかける様子もない。

食事を終えると、すぐに出て行ってしまう。

義母が私に話しかけてきた。

「昨夜はあれから、二人で何をしていたの?」

「特になにも……」

とは答えたものの、ほとんど寝ないで、続けて三局も打っていたのだ。

不意に眠気が襲う。

あくびが出た。

「……ま、いいわ。そうね、うん、特にすることもないし……。そうね、そんなことを、私が聞くものではなかったわよね」

義母は落ち着かない様子で、そわそわとしている。

「ま、今日は、あなたもいいわ。一日ゆっくりしておいでなさい」

「はい」

義母の言動は、時に不思議だ。

自分の部屋へ戻ろうとして、ふと足を止めた。

奥の部屋へ向かう。

なぜだか今は、その行為に何の抵抗も感じない。

夏でも涼しい廊下を進んでゆく。