夏の盛りといえども、夜明け前は肌寒い。
箪笥から取り出した浴衣にくるまって、昇る朝日に目を覚ました。
起き出した鳥たちのさえずりが賑やかすぎる。
「まだ手が進んでおられぬではないですか」
目をこすり碁盤を見た。
「お静かになさい。いま考えている真っ最中なのです」
どうしたって、この情勢はひっくり返りそうにないのだけれど。
ようやく打ったこの人の一手に、すぐ次の手を打つ。
晋太郎さんはまた考え込んでしまった。
土間から煙が香り立つ。
「そろそろ朝餉の支度に向かわねばなりません」
「……。いってらっしゃい」
昨晩に晋太郎さんの立てた板戸を、ガタガタと開けて片付ける。
当の本人はまだ碁盤とにらめっこをしていた。
土間へ向かう。
「おはようございます」
先に来ていた義母に恐る恐る声をかけた。
「おはよう。よく眠れましたか?」
義母は茄子を切り、出汁をとった鍋に入れた。
私はすぐに味噌の壺を持ってくる。
「えぇ、少しは」
さじですくい、ゆっくりとそれを溶いた。
「嫁入り前に、志乃さんは何を学んで来たのです?」
「女子の往来物ですか? 読本は苦手で……」
本はそれなりに読んできた。
好きなものも苦手なものも、色々ある。
嫁入り前の心得の本だって、先生をつけられ急遽教わった。
「教科書通りになど、生きてはいけませぬ」
お義母さまは盛大なため息をつく。
「まぁ、訓戒や教えなどというものは、理想でしかないと確かでございますけど!」
「私は、よき嫁ではございませぬか?」
互いに目が合う。
義母はお椀を手に取った。
「そうとは申しておりませぬ」
そこへ出来たばかりの味噌汁を、順番によそっていった。
「悪いのは全て晋太郎です。何もかも、なんにも出来ないあの子が悪い」
「晋太郎さんは、とてもよくしてくれております」
そう言ったら、義母は笑った。
「そうね。あなたにそう言ってもらえて、私も安心したわ。さ、膳を運んできてちょうだい。もう忘れましょ。確かに私も悪かったわ」
いつも食事をする部屋にそれを並べ終えてから、奥の部屋へ向かった。
のぞくと義父までが碁盤の前に座っている。
箪笥から取り出した浴衣にくるまって、昇る朝日に目を覚ました。
起き出した鳥たちのさえずりが賑やかすぎる。
「まだ手が進んでおられぬではないですか」
目をこすり碁盤を見た。
「お静かになさい。いま考えている真っ最中なのです」
どうしたって、この情勢はひっくり返りそうにないのだけれど。
ようやく打ったこの人の一手に、すぐ次の手を打つ。
晋太郎さんはまた考え込んでしまった。
土間から煙が香り立つ。
「そろそろ朝餉の支度に向かわねばなりません」
「……。いってらっしゃい」
昨晩に晋太郎さんの立てた板戸を、ガタガタと開けて片付ける。
当の本人はまだ碁盤とにらめっこをしていた。
土間へ向かう。
「おはようございます」
先に来ていた義母に恐る恐る声をかけた。
「おはよう。よく眠れましたか?」
義母は茄子を切り、出汁をとった鍋に入れた。
私はすぐに味噌の壺を持ってくる。
「えぇ、少しは」
さじですくい、ゆっくりとそれを溶いた。
「嫁入り前に、志乃さんは何を学んで来たのです?」
「女子の往来物ですか? 読本は苦手で……」
本はそれなりに読んできた。
好きなものも苦手なものも、色々ある。
嫁入り前の心得の本だって、先生をつけられ急遽教わった。
「教科書通りになど、生きてはいけませぬ」
お義母さまは盛大なため息をつく。
「まぁ、訓戒や教えなどというものは、理想でしかないと確かでございますけど!」
「私は、よき嫁ではございませぬか?」
互いに目が合う。
義母はお椀を手に取った。
「そうとは申しておりませぬ」
そこへ出来たばかりの味噌汁を、順番によそっていった。
「悪いのは全て晋太郎です。何もかも、なんにも出来ないあの子が悪い」
「晋太郎さんは、とてもよくしてくれております」
そう言ったら、義母は笑った。
「そうね。あなたにそう言ってもらえて、私も安心したわ。さ、膳を運んできてちょうだい。もう忘れましょ。確かに私も悪かったわ」
いつも食事をする部屋にそれを並べ終えてから、奥の部屋へ向かった。
のぞくと義父までが碁盤の前に座っている。