「私は家のことを考えて……」

「それは十分に承知しております」

「ならばあなたが、もっとしっかり……」

義母はそれでも、言葉を選んでいるようだった。

「あなたのわがままに、これ以上振り回されてはたまりません。いい加減、先のことも少しは考えて……」

「もう結構!」

晋太郎さんが私の腕をつかんだ。

「行きましょう、志乃さん。この母と話すことなど、何もありません」

部屋を飛び出す。

この人に手を引かれ、真夜中の廊下を進む。

大きな月がぽっかりと浮かんでいて、そういえばあの日の月もこんな月だったかもとか、思い出す。

閉めきっていた北の間の板戸をガタガタと開ける。

夜の桔梗の庭を、私は初めて目にした。

「お入りなさい」

晋太郎さんは部屋から廊下へ続く間口に外した板戸を立て、そこを塞ぐ。

すぐに雨戸を広げた。

「虫は今夜は我慢してください。こうすれば暑さもしのげます」

月に照らされた一面の桔梗が夜風に揺れた。

「こちらへおいでなさい。それとも横になりますか?」

その人のいる縁側へふらりと向かった。

畳の段差から飛び降りると、引き寄せられるようにその隣に腰を下ろす。

青い桔梗は月明かりにぼんやりと浮かび上がる。

晋太郎さんはため息をついた。

「母には困ったものです」

大きな手で口元を覆い、前を向いているこの人の横顔は、少し赤らんでいるように見えた。

「きっとお義母さまも今頃は、『晋太郎さんには困ったものです』と、思っていると思います」

そう言って微笑んで見せたのに、その人はまた深いため息をついた。

「あなたは本当に、意味を分かっておっしゃっているんでしょうね」

「はい?」

「いいえ、何でもございません!」

腕が伸びてきた。

肩に触れた手が私を引き寄せる。

「今宵は籠城戦ですよ。戦の覚悟はよろしいか」

見上げると、目が合った。

「はい」と答えたけれど、なんだか可笑しくなって、くすくす笑ってしまう。

その人も笑った。

「さて。では何をして過ごしましょうか。朝まで長いですよ」

「囲碁をしましょう」

「打てるのですか?」

前に晋太郎さんが、ここで打っているのを見た。

「岡田の家では、父を相手にやっておりました」

「よろしい。それでは囲碁戦と参りましょう」

晋太郎さんは奥から碁盤を持ち出した。

囲碁を打つのも久しぶりだ。

「手加減はいたしませんよ」

「望むところです」

「置石はどうしますか?」

「う~ん……四子でよろしいかと」

晋太郎さんは先手の黒の石を四つ、真四角に並べる。

置き石とは碁を打ち始めるに前もって、盤に置いておく石のことだ。

これが多いほど、その色が有利になる。

「では始めましょう」

その人は、後手の白の石を手にニヤリと笑った。

長い長い夜に、私は一手目を打った。