「珠代の家には、跡継ぎとなる男子がおりません。ゆくゆくは、千代松を珠代の生家にお返しするつもりでおります」

「よろしいのですか?」

「私の家には他にも男がおります。向こうの家の了解が得られれば、私も千代松と共に、そちらにうつるつもりでおります」

「養子に入られると?」

「別に構わないでしょう」

晋太郎さんの問いに、吉岡さまは軽やかに笑った。

それがどれだけ大きな決断とご覚悟であったか、想像が出来ない。

「随分と……、お悩みになられたでしょう」

「いやいや。珠代のために何もしてやれなかった私の、せめてもの報いです」

反対はなかったのだろうか。

それともそのお心は、私たちだけに打ち明けられたものだったのか……。

「珠代の墓にも、参ってやってください。喜びます」

吉岡さまと別れた。

その墓の前で手を合わせる。

私が立ち上がっても、晋太郎さんはまだ手を合わせていた。

「晋太郎さん……」

その人の頬に伝う涙を、私は見て見ぬフリをしている。

珠代さまは、ちゃんと嫁がれた先で愛され、幸せにお過ごしだったのだ。

そのことがようやく、この人を安心させてくれている。

桔梗の花を添えた。

「お話はお済みになりましたか?」

「えぇ、もう大丈夫です」

その人は立ち上がった。

「さぁ、戻りましょう。母が心配しておるやもしれません」

真っ赤な夕陽に照らされた道を、私たちは並んで歩いた。