「あの森では、よく太いミミズが捕れるのです。釣り餌にするには、西の端にある松の根元を掘るとよいのですが、これは私だけが知っている秘密です。カブトムシは明け方一番に……」
水切りは兄ともよくやったし、釣りもした。
この人のいう松とやらは知らないが、釣り餌やカブトムシの集まる木なら、私だって岡田の家の近くにいい場所を知っている。
「あなたが手まり唄を教えてくださったので、私もあなたにお知らせしたかったのです。幼い頃にした遊びを」
晋太郎さんは微笑んだ。
「少しは私のことを、分かってもらえましたか」
「……。なんだ。晋太郎さんは、ちゃんと分かっていたのですね」
そうつぶやく。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ。ちゃんと分かりましたよ!」
山門への階段は昇らずに、裏から直接墓地へと回る。
墓石には「坂本」と刻まれていた。
並んで手を合わせる。
「おや、坂本晋太郎どのでございますか」
盆の墓参りの人手の中で、ふいに声を掛けられた。
「これは、吉岡さま……」
晋太郎さんは、深々と頭を下げた。
私も丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりですね。お元気にしておられましたか」
その人は晋太郎さんより、いくらか年上に見えた。
「はい。おかげさまで」
簡単な挨拶を交わす。
その吉岡さまは私を見下ろした。
「こちらの方は?」
「志乃にございます。私も……、妻をめとりました」
「あぁ」
その方は、眩しそうに目を細めた。
「それは、おめでとうございます。少し、話しをしませんか」
墓を見渡す講堂の縁側に腰掛けた。
少し高台にあるこの寺院からは、広がる墓地の向こうに町が見える。
「ちょうどあなたに、お願いしたいことがあったのです。そろそろ千代松をここの道場に通わせようかと思うておりまして、その師範をお願いしたい」
「私にですか!」
「あなたになら、珠代も喜んでくれるでしょう」
ハッとして見上げたら、その方はにっこりと微笑んだ。
「あなたも、晋太郎どのと珠代の話は、ご存じなのでしょう?」
私以上に、この人の顔は真っ赤になっている。
「珠代はいつも、晋太郎どののことを案じておりました。あれも一人子で他に兄弟姉妹はおりませぬ。晋太郎どののことを、実の弟のようにかわいがっておりました」
吉岡さまと珠代さまも、幼なじみの間柄だった。
家同士の約束で、幼い頃から互いを夫婦と意識して過ごされていた。
水切りは兄ともよくやったし、釣りもした。
この人のいう松とやらは知らないが、釣り餌やカブトムシの集まる木なら、私だって岡田の家の近くにいい場所を知っている。
「あなたが手まり唄を教えてくださったので、私もあなたにお知らせしたかったのです。幼い頃にした遊びを」
晋太郎さんは微笑んだ。
「少しは私のことを、分かってもらえましたか」
「……。なんだ。晋太郎さんは、ちゃんと分かっていたのですね」
そうつぶやく。
「何かおっしゃいましたか?」
「いえ。ちゃんと分かりましたよ!」
山門への階段は昇らずに、裏から直接墓地へと回る。
墓石には「坂本」と刻まれていた。
並んで手を合わせる。
「おや、坂本晋太郎どのでございますか」
盆の墓参りの人手の中で、ふいに声を掛けられた。
「これは、吉岡さま……」
晋太郎さんは、深々と頭を下げた。
私も丁寧にお辞儀をする。
「お久しぶりですね。お元気にしておられましたか」
その人は晋太郎さんより、いくらか年上に見えた。
「はい。おかげさまで」
簡単な挨拶を交わす。
その吉岡さまは私を見下ろした。
「こちらの方は?」
「志乃にございます。私も……、妻をめとりました」
「あぁ」
その方は、眩しそうに目を細めた。
「それは、おめでとうございます。少し、話しをしませんか」
墓を見渡す講堂の縁側に腰掛けた。
少し高台にあるこの寺院からは、広がる墓地の向こうに町が見える。
「ちょうどあなたに、お願いしたいことがあったのです。そろそろ千代松をここの道場に通わせようかと思うておりまして、その師範をお願いしたい」
「私にですか!」
「あなたになら、珠代も喜んでくれるでしょう」
ハッとして見上げたら、その方はにっこりと微笑んだ。
「あなたも、晋太郎どのと珠代の話は、ご存じなのでしょう?」
私以上に、この人の顔は真っ赤になっている。
「珠代はいつも、晋太郎どののことを案じておりました。あれも一人子で他に兄弟姉妹はおりませぬ。晋太郎どののことを、実の弟のようにかわいがっておりました」
吉岡さまと珠代さまも、幼なじみの間柄だった。
家同士の約束で、幼い頃から互いを夫婦と意識して過ごされていた。