「そ、そこまでしていただかなくても、大丈夫です」

「何を言ってるの? これから辛くなるのは、あなたの方なのよ」

晋太郎さんがやってきた。

「一体何の騒ぎですか」

「まぁ晋太郎、よく来ました。心してお聞きなさい」

義母は晋太郎さんを座らせる。

「志乃さんに赤子が出来ました」

「……。は?」

「つわりです」

その人は私を見下ろす。

吐き気がして、またウッと嘔吐いた。

「食あたりか、なにかではないですか?」

「えぇ? そうなのですか、志乃さん」

「わ、分かりません……」

二人からじっと見下ろされても、気分の悪い私はどうしていいのか分からない。

晋太郎さんはため息をついた。

「そうですよ。喜ぶのはまだ早いですよ、母上。もう少し様子をみてからでもよろしいのでは?」

「うれしくはないのですか?」

義母の憤りに、晋太郎さんは困ったようにうつむく。

顔を赤らめた。

「う、うれしくはありますが、まだそうと決まったワケではありませんので……」

「まぁ、あなたはいつから、医者になったのです?」

「母上の心配をしているのです」

「私のことなんて、どうでもいいじゃありませんか!」

その人はもごもごと口ごもった。

「は、早とちりをして、傷つくのは……、志乃さんですよ」

脂汗がにじんできた。

キリキリと腹が痛む。

「す、すみません。厠へ行ってまいります……」

歩き辛いほど腹が痛い。

付き添われて用をすまし、部屋に戻ってきたころには義母は姿を消していた。

晋太郎さんは深くため息をつく。

「大丈夫ですか?」

「えぇ……」

「全く。付き添いは不用、食事はしばらく粥で。それでよろしいですか?」

気持ち悪くて、すぐに横になる。

「手を……つないでもらってもいいですか」

そう言って腕を伸ばしたら、晋太郎さんはその手をぎゅっと握ってくれた。

「私が付いていましょう。うちわで煽ぎますか?」

首を横に振ったら、その人は小さくうなずいた。

バタバタと奉公人たちが動くのに、何かと指示をだしている。

つないだ手のほんのりとしたあたたかさに、少しほっとした。

手をつないだまま目を閉じてしまったその人を、見上げながら遠い蝉の声を聞いている。

いつの間にか眠っていた。

夕餉は一人、部屋で済ませ、そのまま横になっていた。

襖や廊下の向こうで聞こえる音や話し声に、じっと耳を澄ましている。

高い塀の向こうに日も沈んで、辺りはすっかり暗くなった。