「とても美しいお衣装が、似合うお方だったのですね」

「袖を通してみますか? 私には着られぬものなので」

首を横に振る。

「私のような者には似合いません」

「あぁ、そうかもしれませんね」

晋太郎さんはぬるい茶をすすった。

「その人には、その人に似合う柄というものがあります。あなたには、今着ているその藤黄の七宝は、よくお似合いですよ」

そんなことを言われても、うれしくはない。

衣桁の着物には、紅藤色に可憐な蝶が舞う。

「かわいすぎるのは……苦手です」

晋太郎さんはくすっと笑って、着物を見上げた。

「そうですか? あなたはとてもお可愛らしい方なのに」

遠くで蝉の声が聞こえる。

屋根のひさしの奥の、影になっているこの部屋から見上げる空は、どこまでも高く澄みわたっていた。

「……芯の、強いお方でした」

「きっと私なんかより、ずっと素敵な方だったのでしょうね」

「そんなことはありませんよ。あなたも十分素敵です」

真顔でそんなことを言うこの人に、つい笑ってしまう。

私とはまるで正反対とは、言えなかった。

「本当ですよ」

「よいのです、そんな無理をなさらなくても。私は……、ただ嫁に来ただけの者ですから」

迎え火が焚かれる。

この煙にのってあの人が現世に戻ってくるなら、その間だけでも、私はこの家から出て行こうか。

「やっぱり、家に戻ろうかな……」

隣に座る晋太郎さんは、私をのぞきこんだ。

「岡田の家に戻られますか?」

「えぇ、いつ戻って来るか分かりませんけど、それでもよろしいですか?」

冗談のつもりでそう言ったのに、その人はしばらく私の顔を眺めた後で、すっと前を向いた。

「あなたのお好きなようになさい」

夏の一日は長い。

昼餉に簡単な食事を済ませ、毎日の日課である家の掃除をする。

残った水は、打ち水代わりに庭にまいた。

ふいにめまいに襲われる。

「す、すみません。なんだかちょっと、急に気分が……」

吐き気を覚え、口元を押さえた。

ウッと一度嘔吐いただけで、気分はすっとよくなる。

「まぁ志乃さん!」

義母の声に振り返った。

「ちょ、あなた大丈夫なの?」

「えっ?」

「気分は?」

そう改めて聞かれると、胸焼けがしないでもない。

「う~ん、たいしたことはないのですが……」

「吐き気は?」

「まだ少し」

お義母さまの顔は、未だかつてないほどパッと大きく広がった。

「ちょっと! 出来たのよ、赤ちゃん! 誰か、誰か早くお布団を敷いてちょうだい!」

大騒ぎになった。

義母は私にそこから動かぬよう命じると、奉公人たちを呼び寄せる。

部屋に布団を敷かせ、枕元には水の入ったたらいを置き、手ぬぐいを何枚も用意させた。

横になるよう命じると、義母は奉公人の一人に、私をうちわで煽ぎ続けるよう申しつける。