襦袢の上に浴衣を羽織ると、廊下に出た。

閉めきった部屋では独りでいても蒸し暑い。

襖を開け放し、廊下から縁側に出る。

自分の部屋から見える風景を眺めた。

数歩も歩けばすぐ行き詰まってしまうような土塀に、背の高い数本の木が植わっている。

本当はあの花のことだって、そんなには好きじゃない。

柱にもたれて歌を唄う。

子供の頃に、よく鞠をつきながら歌った歌だ。

もう随分長いこと唄っていなかったのに、それは自然と声に流れてくる。

すりむいたところからは、まだ血がにじんでいた。

家に帰りたいと、初めて思った。

「落ち込んでいるのかと思うていたのですが……」

現れたその人は、そんなふうに言った。

「お元気そうでなにより」

私がにっこりと微笑んで見せたら、隣に腰を下ろした。

「手まり唄です。晋太郎さんは、手まりで遊んだことは、ありますか?」

「ありませんよ、そんなの」

「あはは、そうでしょうね」

私は唄う。

晋太郎さんの遊んだことのない、手まり唄を。

「大事がないなら、私は戻ります」

「はい、大丈夫です」

ひらひらと手を振った。

「私のことなど、どうぞお気になさらずに」

「足をひねっていたようだと、聞きましたが」

「あぁ、平気です。たいしたことないので」

その足をにゅっと突き出す。

足首をかくかくと元気よく動かして見せた。

「ね、大丈夫でしょ?」

笑顔で返した私に、この人はため息をついて立ち上がる。

「少し休んだら、皆のところに顔を出しなさい。心配しています」

「はい。すみませんでした。ご心配をおかけして」

背中を見送る。

泣いたら負けだと分かっているのに、その姿が見えなくなったとたんに、何かが頬を伝う。

夕餉の支度の時刻になって、何事もなかったかのように土間へ戻った。

奉公人たちに「あら大丈夫なのですか?」なんて言われたりなんかして、これ以上この家での評判を落とさぬよう、丁寧に頭を下げる。

「お騒がせして、申し訳ありませんでした」

それからは黙って身を粉にして働いた。

夜になりようやく一人になると、どっと疲れが押し寄せる。

早めに寝床を整えると、横になった。

ひねった足はまだ痛い。

その痛みに目を閉じる。

遅れてやってきたその人に何か言われるかと思っていたけれども、何も言われなかった。

その日はなかなか寝付けぬまま、気づけば朝になっていた。