晋太郎さんが水をやっているのを見かけた。

力仕事は頼みなさいと言われたけど、自分でやらないと意味の無いような気がする。

あの人はお義父さまの部屋で、囲碁を始めたばかりだ。

どうせなら気づかれないうちに、こっそりとやってしまいたい。

土間へ戻る。

手桶とひしゃくを見つけると、井戸へ走った。

桶にいっぱいになるまで水を汲み、庭へ戻る。

ひしゃくでそれをまくと、あっという間に水はなくなった。

もう一往復、あともう一回。

一度にまける水の量はわずかだ。

これで終わりにしよう、これで最後だを何度も繰り返し、庭の八割までまけた。

せめてもう一回だけ……。

なみなみと汲んだ桶から、歩くたびに水がこぼれ落ちていた。

そこに出来たぬかるみに気づかず、ふっと足を滑らせる。

「きゃあ!」

転んだ勢いで尻餅をついた。

悲鳴を聞きつけた奉公人たちが飛び出してくる。

「志乃さま、大丈夫ですか!」

助け起こされた小袖は泥だらけで、ひねった足には痛みが走る。

騒ぎを聞きつけやって来た晋太郎さんは、すっかり呆れた顔で見下ろした。

「何事です」

泥だらけになった私を見て、ため息をついた。

「まさか庭に水やりを?」

「自分で……、やりたかったのです」

「水やりをですか?」

またため息をつかれた。

「つい二、三日前にも、雨は降ったばかりですよ。そんな必要はありません」

「ですが私は!」

立ち去ろうとしたその人は、振り返った。

「なんですか?」

「……何でもありません」

奉公人に助け起こされ、運ばれる。

足を引きずっているのを見られ、お義母さまにまで「今日は一日休んでいなさい」と言われてしまった。

泥のついた小袖は洗濯するからと、身ぐるみまではがされ、襦袢だけにされてしまう。

雨が降っていたかなんていちいち覚えてないし、ましてや庭の水やりだなんて、今まで一度もやったことはない。

実は料理だって裁縫だって掃除だって、嫁入り前にはほとんど手伝ってこなかった。

何もかも好き好んでやりたいフリしてやってるわけじゃないのに……。