「おはようございます!」

晋太郎さんより早く目覚めたのは、これが初めてのような気がする。

ましてや先に起きてこの人を起こすなんてことは、今まで絶対になかった。

「……ん、なんですか朝から」

「朝だからでございます」

ごろりと寝返りを打った寝巻きの袖から、むき出しの腕がぬっと伸びる。

「起きてください。私は朝餉の支度に出るので、布団がたためません」

うっすらと目が開いた。

そう言えばこの人の寝起きの顔を見るのも、初めてのような気がする。

「布団なら私があげておきます。あなたは先に支度に行ってください」

すぐに目は閉じ、寝息まで聞こえる。

私は勢いよく立ち上がると、その人をそのまま残して、ぴしゃりと襖を閉めた。

「あら早いわね志乃さん、今朝はどうしたの?」

「いえ、いつものことです」

義母が来た頃には、朝餉はほとんど出来上がっていた。

「後は器に盛って運ぶくらいなのですが、ここからお願いしてもよろしいでしょうか?」

「えぇ、いいわよ」

「では、晋太郎さんを起こしに行って参ります!」

お義母さまは不思議そうに私を見送る。

ドカドカと足を踏みならし廊下を進んだ。

閉めきられたままの襖をバンと開けたら、晋太郎さんはちょうど布団をあげている最中だった。

「何事です?」

「私がやります」

その人に体当たりするみたいにして、体でぐいっと押しのけると、そのまま布団を無理矢理奥へ押し込んで襖を閉めた。

くるりと振り返る。

「お着替えも手伝います」

「え?」

「手伝います」

「いりませんよ」

晋太郎さんは逃げるように廊下へ出た。

早足で歩くその人の後ろを、がしがしついてゆく。

奥の部屋へ入った。

「さぁ、どうしましょう!」

「どうしたいのですか?」

目の前で帯が解かれ、慌てて背を向けた。

頭上から小さな笑い声が聞こえる。

「なんだか前にも、このようなことがありましたね」

「もう忘れました!」

ここで引き下がるわけにはいかないのだ。

しゅるしゅるという衣ずれが聞こえる。

私は振り返った。

「手伝います!」

「ちょ、後ろを向いていてください!」

「嫌です」

手を伸ばしたら、晋太郎さんは慌てて飛び退いた。

長襦袢の上にかけた小袖を引きずりながら、箪笥の並ぶ奥の続き部屋へ逃げ込もうとしている。

「お待ちください!」

「嫌です」

晋太郎さんは奥の部屋へ入ってしまうと、ぴしゃりと襖を閉めた。

「開けてください。閉めきるとは卑怯者!」

「なにを言ってるんですか。これでは着替えができません。志乃さんの方こそ、早くどこかへ行ってください」

「嫌です」

なんて頑なな人なんだろう。

だからいけないのだ。

力尽くで襖をこじ開けようとしても、押さえつけてるのかビクとも動かない。

「このまま私に、嫁の勤めを全うさせないおつもりですか!」

「もう終わりました!」

勢いよく襖が開く。

晋太郎さんは紬の小袖に兵児帯を巻き、襟を左右に引いて整えながら現れた。

「着替えながら、どのように襖を押さえていたのです?」

「そんなこと、教えられませんよ」

ムッとして見上げると、その人はぷいと顔を背けた。

「さ、食事に行きますよ」

なんだかよく分からないけど、ちょっと悔しい。

負けた気がする。