まさか自分がこんなにも早く、離縁することになるとは思わなかった。

どう書けばいいんだろう。

丁寧に包まれた晋太郎さんからの離縁状を開いてみる。



『其方事、我の勝手につき、このたび離縁いたし候……

離縁するのは私の都合であり、離縁したうえには今後どのような方と縁を結んでもかまいません。

私坂本晋太郎は妻となった志乃さんのお心を思いやれなかったばかりか、何も満足に与えてやることも叶わず、お気持ちを踏みにじるようなことばかりを繰り返しました。

真心を持って接してくださる志乃さんの、どうか次の夫となられるよき人には、彼女をお幸せにしてくださるよう、よろしくお願い致します』



広げた紙には丁寧な文字が、黒々とした墨で記されていた。

本来離縁状に書かれる内容はどれも判で押したように決まっていて、それは三行半でも許される。

襖が開いた。

私はそれを、あわてて文台に隠す。

「おや、今日はまだ起きているのですか」

寝巻き姿の晋太郎さんが入ってくる。

いつものように、このまま今日を終わらせたくない。

「疲れているので、肩をもんでください」

下から見上げる私に、この人は困ったような顔をする。

「……。えぇ、分かりました。では、後ろを向いてください」

言われた通りに背を向けたら、その人は私のすぐ後ろに腰を下ろした。

大きな手が両肩にのる。

「なにをどうなさったら、今日はこのように疲れたのですか?」

「色々です」

「色々ねぇ……」

肩をもむその手の主は、くすりと笑った。

「そもそもあなたは、うちでは遠慮しすぎるのです。宗太どのからお聞きする話とは、ずいぶん違う」

「あ、兄がなにを?」

「あなたがここへ嫁ぐ前の、ご実家での様子です」

晋太郎さんの目は、にっと笑った。

「まぁ、聞いた話をみなまでここで持ち出したりはしませんが、なかなかのお転婆だったとか。ここへ嫁がれてきた私の知るお方とは、まるで別人のようで……」

笑い声が響く。

あの兄め、なにをしゃべった?

「よ、嫁に来たのですから当然です!」

「あなたの自然な姿を、一度は見てみとうございました」

その言葉に振り返る。

その人の手は肩から離れた。

「肩のこるようなことまで、しなくてもよいのです」

首筋をぎゅっぎゅっとつままれる。

「あなたの兄上は、嫁のもらい手などどこにもないだろうと案じていたのに、あれはうまくやっておりますかと、心配しておいででした」

「それで、なんとおっしゃったのですか」

「ふふ、内緒です」

そう言うと晋太郎さんは立ち上がり、布団に横になった。

「さぁ、もうお休みなさい。明日は家におりますから、あなたの肩をこらすような仕事は、私も手伝います」

薄明かりの部屋で、枕にのった髷をみる。

今度は私が肩を揉んであげようと思ったのに。

聞きたいことも、言いたいことも、山ほどあったのに……。

この人を起こさぬよう、私は静かに立ち上がると、衝立の向こうへ戻る。

離縁状の文言が頭をよぎった。

私は意を決して、次の朝を迎える。