翌朝、寝所で目を合わせた晋太郎さんは、「水ようかんはいくつ買ってきますか」と聞いてきたので、「今日はいりません」と答えておいた。

その人はこの言葉に、しきりに首をかしげている。

私は先に部屋を出た。

井戸から汲み上げた水の冷たさが、心地よい季節に変わっていた。

私は離縁状を手渡されていることを、誰かに相談したくても出来ずにいる。

「志乃さんが来てくれて、ほっとしてるのよ。これからもあの子をよろしくね」

「もちろんです」

朝餉の支度をしながらそう言った義母の言葉は、間違いなく本心からだと思う。

一人子の晋太郎さんは、家のために子供をもうけなければならない。

食事の支度が出来たことを伝えに行ったら、その人はいつもにもまして機嫌をよくしていた。

「葉はまめに摘んで、世話をしてやらないといけないのです。花が咲いて盛りを過ぎたら、それも摘まないといけない。するとまた、新しく次の花を咲かせるのです」

「お忙しいのですね」

「はい」

うれしそうに桔梗の世話をするその姿に、また胸が痛む。

「珠代さまは、花もお好きだったのですか?」

「あぁ、そうですね。華道もたしなんでいらっしゃいましたよ」

私の得意なものは、なんだろう。

字を書くのもあまり好きではないし、お花は好きだけど、『華道』だなんて大げさなものじゃない。

お茶のお稽古はおしゃべりとおやつの時間だったし、炊事や掃除だって、やらなきゃいけないからやっているだけだ。