「また晋太郎になにか言われたの?」

「いいえ。そうではないのですが……」

お義母さまは、はぁ~と大きく息を吐き出した。

「志乃さんは、どのように聞いているの?」

「幼なじみが反対を押し切り、想い合って駆け落ち。ついに両家に認められ祝言の約束にまで至ったものの、再び連れ戻された悲しみに、自ら命を絶ったと……」

「亡くなったのは、お産が原因よ」

「それはこのお話があった時、父から聞いて後に知りました」

「駆け落ちも連れ戻しもないわ」

「武家同士の結婚ですからね、町人の人情物ではないし、さすがにそこまでは信じておりません」

「人の噂ってものは、尾ひれがつきやすくってねぇ」

お義母さまはもう一度、大きく息を吐き出す。

その噂が世間でもちきりだった頃、私はまだ素足で外をかけずり回るような童だった。

年頃のお姉さま方や近所の大人たちが、よく話のネタにしているのを聞いていた。

ずっと恋い焦がれていた長年の想い人と添い遂げられぬ悲しみと、たとえ一緒になれたとしても、添い遂げる難しさを語っていた。

「晋太郎さんと珠代さんは、子供の頃からの知り合いだったのです」

珠代さまのご実家は、格の高いお家柄だ。

この坂本家でも釣り合いは取れない。

珠代さまには良い家柄のお嬢さまによくある、生まれる前からの嫁ぎ先が決まっていた。

「家同士の決まり事ですからね。珠代さんもそれは言い聞かされて育っておりましたから、特に困りごとなどなかったのです」

義母はまたため息をつく。

「それが晋太郎ときたら……。あの子は本当に一途で融通が利かなくってねぇ~」

お義母さまは額に手を当てた。

「自分の想いが叶わぬことに、珠代さんに構ってばかりで……」

姉と弟のように接していた二人は、珠代さまの祝言を前に最期に出会う。

「その時に渡されたのが、桔梗の花だったのよ」

花売りから買ったその切り花はすぐに枯れてしまったけれど、枯れぬ桔梗を咲かせたいと、晋太郎さんは鉢で買って庭に植えた。

「それがいつの間にか増えていって、すっかり庭一面を埋め尽くすようになったのよ」

「どのような方だったのか、私もお会いしてみたかったです」

「……。そうね。ありがとう」

お義母さまの腕が伸び、私をぎゅっと抱きしめた。

「さ、そろそろ夕餉の支度にしましょ」

「はい!」

胸が痛む。

ズキズキとしたその痛みをごまかすように、私は夕餉の支度に精を出した。