奥の部屋に入ると、久しぶりに目にした庭は、すっかり背の伸びた草に覆われていた。

「ずいぶんと伸びましたね」

「えぇ、そうですね」

盆を置く。

その伸び盛りの若葉の先には、ぷっくりとした丸いつぼみがあちこちについていた。

「これは、桔梗だったのですか?」

「そうです」

お茶をすする。

緑が風に揺れた。

私はただじっと、その揺れる大きなつぼみを見ている。

「あなたもいただきなさい」

そう言って、その人は静かにうつむいた。

手にした黒い楊枝で柔らかな橙の枇杷を切り分ける。

品のよい初物の、優しい甘みが口に広がった。

「母が私たちの仲を疑っています。家では今までのように、普通に接してください」

「取り繕えというのですか? 仲を」

「でないと私のように、あなたまで母から責められます」

枇杷を切る手を止めた。

「ではこの枇杷を買ってきたのも、お義母さまに言われて?」

「母から責められて、あなたは耐えられますか」

「私は、自分の気持ちに嘘をついたことなどありません。晋太郎さんは違うのですか?」

とても穏やかで、いつも落ち着き払った静かな視線が、私を見下ろす。

「それはとても、幸せなことですね」

「……晋太郎さんは、違うのですね」

庭の桔梗は静かに揺れた。

「そんなことはありませんよ。私はこうしていたいから、そうしているのです。離縁状をお渡ししたあなたが、まだこの家に残っていることをありがたく思っているくらいなのに」

「やはり晋太郎さんは、私のことがお気に召さなかったのですね」

好きでもない人と夫婦になるのが嫌だったのは、この人の方だ。

「それは違うと散々申し上げました。あれほど。私はあなたに全てをお任せしています」

「好きにしろとおっしゃいましたよね」

「えぇ、その言葉に今も、嘘偽りはございません」

見上げたこの人の横顔は、あくまで平静だった。

「今も、そう思っておりますよ」

「出て行ってほしいのなら、はっきりとそうおっしゃってください」

「あなたは私が、好き好んでこんなことをやっていると、本心から思おいか」

その言葉に、私は立ち上がった。

「では私も、好きなようにやらせていただきます。晋太郎さんがお好きになさいとおっしゃったことに嘘偽りがないのなら、そのお言葉通り遠慮なくそうさせていただきます」

手土産の枇杷はまだ皿に残っていた。

それは間違いなく私の好物ではあったけれども、それも全部置いて部屋を飛び出す。

「今後私のすることに、一切口をはさまないでいただきとうございます!」

どしどしと足を踏みならし、廊下を突き進む。

お義母さまはひょいと顔を出した。

「どうしたのですか?」

「喧嘩です!」

後ろ手にぴしゃりと襖を閉る。

腹が立つ。

晋太郎さんにとって、私はなんだったのだろう。

都合のよい嫁が欲しかったのなら、はっきりとそう言えばいいのに。

まぁそんな簡単に、簡単な嫁になるつもりは一切ありませんけど!