「私と離縁したとしても、あなたへの評判は決して傷つかないよう、そこに書き記しておきました。ご安心なさい」

「ではやはり、このまま離縁しろと?」

「だから、誤解しないでいただきたい。私は決して、あなたを疎んじているのではないのです。ただ穏やかに、日々を過ごしたいだけなのです」

この人を見上げる。

「いいえ。私にはさっぱり分かりません」

「そうですか……」

ふいに伸びた晋太郎さんの手が、私の腕をつかんだ。

その胸に抱き寄せられる。

「離縁したくなった時には、いつでもあなたの思うがままにお任せする。という意味です」

伸びた腕は腰へと回った。

帯が解かれる。

こめかみに触れた指先は首筋へと流れ、緩んだ襟元に滑り込んだ。

「何をなさるのです!」

私はそこを飛び退いた。

激しく胸を打つ鼓動が痛い。

全身がドクドクと波打つように震えている。

怖い。

「習ってはこなかったのですか」

「何を!」

その人はため息をついた。

「いえ。やはりこの縁談は急なお話だったのですね。よいのです。嫌ならやめればいい。それだけのこと。あなたがしたくないとおっしゃるのなら、それでいい。私にとっても、無理強いするのは本意ではございません」

その人はスッと立ち上がると、衝立の向こうに消えた。

私はまだ激しく脈打つ心臓を押さえている。

「もう二度と、このようなことはいたしません。お約束します。その方が互いのためにもよいのです」

そのまま布団に潜り込むと背を向けた。

「おやすみなさい」

あふれ出る涙の滴が腕に当たって跳ねた。

鼻水をすする。

ぐずぐずと泣きながら布団へ戻った。

その声を押し殺そうにも、どうにもならない。

息を止めても止まず、泣き止もうと思えば思うほどあふれてくる。

衝立の向こうで衣ずれが聞こえた。

襖が開き、晋太郎さんが出て行く。

それが閉じるのを見届けると、私は声を上げて泣いた。