「お待たせしました」

その人は出された緑のさやの一つを手に取った。

口元に運び、ちゅるっと豆を吸いだす。

私はそれを見ながら、満足して茶をすする。

「志乃さんは、毎日が楽しいですか?」

「えぇ、おかげさまで」

空になったさやを盆に戻す。

いつも静かなこの人の目が、じっと私を見つめた。

「義理はちゃんと果たします。もちろんそのつもりでいます。あなたもそういうおつもりなのでしょう? だから私のことで、無理をなさる必要は何もないのです」

「無理とは? 私は何もしていませんよ」

「……。ありがとう。それを聞いて安心しました。あなたはご自身で、ご自分を幸せにして下さい」

沈み込んだような、静かな横顔を向けた。

「はい。もちろんそうさせていただきます」

私はそれに、にっこりと微笑を返す。

晋太郎さんは小さくうなずいた。

「初物ですね」

「えぇ、私も大好きです」

つまんださやから、ぷちっと豆が飛び出した。

それを噛めば、青い豆のさっぱりとした塩気が口に広がる。

遠くで雷鳴が聞こえた。

一陣の風がざあっと吹きつけたかと思うと、あっという間に暗雲が立ちこめる。

「春の嵐ですね」

突然降り始めた大粒の雨が、庭の葉を打ち付ける。

「大変、雨戸をたてないと」

吹き込む大粒の雨が、肌を打ち伝い落ちる。

ガタガタと板戸を引き出そうとする私の手に、その人の手は重なった。

「私がやりましょう。あなたは中にいなさい」

大きな腕の中に、すっぽりと自分が包まれていることに驚く。

抜け出せずにいたら、腕はすぐに下がって通してくれた。

晋太郎さんは構わず立て付けの悪い板戸にかかる。

「ここの開け閉めには、コツがいるのです」

袖から伸びるその腕の中に、さっきまで自分のいたことが信じられない。

春の雨が打ち付ける。

「大丈夫ですか?」

「えぇ、ご心配なく」

この先どれくらい、私はこんな光景を見ることになるのだろう。

晋太郎さんの肌に降った雨が、汗のように光っている。

「あ、ありがとうございます」

「早く中にお入りなさい。風邪をひきます」

帯に挟んでいた手ぬぐいを取り出すと、その人に向かって背を伸ばす。

濡れた頬を拭こうとしただけなのに、晋太郎さんは背を傾けそれを取り上げた。

私の肩にポンとのせる。

「あなたが先でしょう」

自分の顔は着物の袖でぬぐっている。

雨戸を閉め終わった板間に腰を下ろすと、すぐお茶をあおった。

「何を見ているのです? 早くお拭きなさい」

急いで濡れた腕を拭くと、パッと隣に座った。

呆れた目が不思議そうに見下ろすのを、私は小さくなったまま見上げる。