いつも晋太郎さんが座っている位置に腰を下ろして、庭を眺める。
狭い庭一杯に芽を出した草は青々とした葉を広げ、青田のように揺れている。
ごろりとその場へ横になった。
あの人はいつもここで、この風景を眺めながら何を想っているのだろう。
ひんやりとした畳が心地いい。
床の間に飾られた三味線が目に入った。
所々に貝をちりばめた、一目でそうと分かる高級品だ。
きっと鳴らせば、よい音が出るに違いない。
晋太郎さんは時折これを抱いて庭を眺めていた。心地よい風が吹く。
「私のためには弾いてもらえないのか……」
いつの間にかうとうとして、はっと目を覚ました。
すっかり日は傾いている。
急いで自分の部屋へ戻り、縫い物をしようと端布を手にとった時、その人は戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
晋太郎さんの戻る前に、勝手に部屋へ立ち入ったことを見つからずにすんだと、ほっと胸をなで下ろす。
そのまま通り過ぎようとする背中を追いかけた。
「お勤めはいかがでしたか? 今日は私の兄には、会いませんでしたか?」
その人は脱いだ羽織を自分で衣桁にかけている。
私は嫁として慌てて立ち上がった。
それを受け取り整えている間に、晋太郎さんは抜いた刀を刀掛けに置く。
すぐに袴の帯を緩めた。
「父とはもう、顔を合わすことはないのですか?」
「そうめったにはお会いしませんよ、普段は。あなたの父上にも、兄上にも」
「そうなのですか?」
「えぇ。兄上の様子が気になるのですか? なにかご用事でも?」
「いえ、別に……。家の様子など、どうかなと思いまして……」
私がそんな話を持ち出すのは、他に話題がないからだ。
自分の家のことなんて、本当はどうだっていい。
着替えとか色々手伝いたいのに、この人は何でも自分でさっさとやってしまう。
すぐ側で膝をつき、何か用事を言いつけられるのを待っているのに、なかなか声をかけてもらえない。
「……着替えたいのですが、まだここにおられますか」
「何かお手伝いします。何なりと申しつけくださいませ」
「では、出て行っていただきたいのですが……」
「お手伝いします!」
晋太郎さんのため息と共に、目の前でするりと袴が落ちた。
慌てて背を向ける。
「だ、大丈夫です。平気ですから!」
背後で聞こえる衣ずれに動揺している。
ぱさりと畳に落ちた紐の端が目に入った。
いざとなると脈が速くなりすぎて、息まで苦しい。
「もうよろしいでしょうか!」
「どうぞ。ではそれを畳んでおいてください」
まだぬくもりの残る袴を手にとった。
身の回りのことは全部、自分でやってしまう晋太郎さんだ。
少しでもそれをさせてもらえたのは、ちょっとうれしい。
「なんか、楽しいです」
「そうですか?」
いつもの位置に座る。
その人は庭を眺めた。
「お茶をお持ちしますね」
「お願いします」
その一言ですらうれしくなる。
私は廊下へ飛び出した。
土間に置かれた棚に、ふと目がとまる。
出始めたばかりの枝豆の塩ゆでがあるのを見つけて、盆に載せた。
どうしようか少し迷ってから、湯飲みは二つにする。
狭い庭一杯に芽を出した草は青々とした葉を広げ、青田のように揺れている。
ごろりとその場へ横になった。
あの人はいつもここで、この風景を眺めながら何を想っているのだろう。
ひんやりとした畳が心地いい。
床の間に飾られた三味線が目に入った。
所々に貝をちりばめた、一目でそうと分かる高級品だ。
きっと鳴らせば、よい音が出るに違いない。
晋太郎さんは時折これを抱いて庭を眺めていた。心地よい風が吹く。
「私のためには弾いてもらえないのか……」
いつの間にかうとうとして、はっと目を覚ました。
すっかり日は傾いている。
急いで自分の部屋へ戻り、縫い物をしようと端布を手にとった時、その人は戻ってきた。
「おかえりなさい」
「ただいま戻りました」
晋太郎さんの戻る前に、勝手に部屋へ立ち入ったことを見つからずにすんだと、ほっと胸をなで下ろす。
そのまま通り過ぎようとする背中を追いかけた。
「お勤めはいかがでしたか? 今日は私の兄には、会いませんでしたか?」
その人は脱いだ羽織を自分で衣桁にかけている。
私は嫁として慌てて立ち上がった。
それを受け取り整えている間に、晋太郎さんは抜いた刀を刀掛けに置く。
すぐに袴の帯を緩めた。
「父とはもう、顔を合わすことはないのですか?」
「そうめったにはお会いしませんよ、普段は。あなたの父上にも、兄上にも」
「そうなのですか?」
「えぇ。兄上の様子が気になるのですか? なにかご用事でも?」
「いえ、別に……。家の様子など、どうかなと思いまして……」
私がそんな話を持ち出すのは、他に話題がないからだ。
自分の家のことなんて、本当はどうだっていい。
着替えとか色々手伝いたいのに、この人は何でも自分でさっさとやってしまう。
すぐ側で膝をつき、何か用事を言いつけられるのを待っているのに、なかなか声をかけてもらえない。
「……着替えたいのですが、まだここにおられますか」
「何かお手伝いします。何なりと申しつけくださいませ」
「では、出て行っていただきたいのですが……」
「お手伝いします!」
晋太郎さんのため息と共に、目の前でするりと袴が落ちた。
慌てて背を向ける。
「だ、大丈夫です。平気ですから!」
背後で聞こえる衣ずれに動揺している。
ぱさりと畳に落ちた紐の端が目に入った。
いざとなると脈が速くなりすぎて、息まで苦しい。
「もうよろしいでしょうか!」
「どうぞ。ではそれを畳んでおいてください」
まだぬくもりの残る袴を手にとった。
身の回りのことは全部、自分でやってしまう晋太郎さんだ。
少しでもそれをさせてもらえたのは、ちょっとうれしい。
「なんか、楽しいです」
「そうですか?」
いつもの位置に座る。
その人は庭を眺めた。
「お茶をお持ちしますね」
「お願いします」
その一言ですらうれしくなる。
私は廊下へ飛び出した。
土間に置かれた棚に、ふと目がとまる。
出始めたばかりの枝豆の塩ゆでがあるのを見つけて、盆に載せた。
どうしようか少し迷ってから、湯飲みは二つにする。