ゆっくりと日は昇ってはまた沈み、そんなことを繰り返しながらも時は進んでゆく。
ぎこちなかった会話も少しは長く出来るようになって、晋太郎さんが家にいるときには、北の部屋に出入りすることも増えてはきていた。
「もう昼間の火鉢は、いらなくなりましたね」
お義母さまから渡されたお菓子を頼りに、今日もこの人の隣に座る。
晋太郎さんはいつも、そっと静かに微笑んで迎えてくれた。
本を読んでいる隣で、刀の手入れや句を練る横で、私はそんな姿を見て見ぬふりをしながらお茶を飲む。
ウグイスが鳴いた。
「もうすぐ桜の季節ですね、お花見に行きませんか?」
「行きたいのなら、母とでも行っていらっしゃい」
「晋太郎さんは?」
「通いの道場で見ているので結構です」
「それは、ついでではありませんか」
「十分ですよ」
話しをするようにはなっても、いつものらりくらりと交わされる。
「でも、せっかくですから……」
晋太郎さんは開いていた本を閉じた。
「私のようなつまらない男と花見に行っても、あなたが面白くないでしょう」
「そんなことはないです!」
「遠慮は無用ともうしました」
そう言って静かに微笑む姿に、私も口を閉ざしてしまう。
「少し休みます」
横になるとすぐに、その人は目を閉じてしまった。
私は日の当たる小さな庭を見下ろす。
晋太郎さんはもしかしたら、私なんかと出かけるのは嫌なのかもしれない。
何もなかった庭土の表面に、ぽつぽつと何かの芽が出始めていた。
私はふとそこへ下りる。
以前から気にはなっていたのだ。
伸び放題になってしまう前に、手入れをしておこう。
庭の草は早いうちに抜いておくに限る。
すぐ足元に生えていた新芽を摘んだ。
プチッという小さな音を立て、辺りに青臭い匂いが広がる。
指に付いた汁を布巾でぬぐった。
できればあの人に、喜んでもらいたい。
やり始めてしまうと止まらないもので、次々と新芽を摘んでいく。
簡単に抜けるものもあれば、根が深くなかなか抜くのに苦労するものもあった。
しっかりと根を張った一本を引き抜く。
「何をしている!」
「草を抜いております」
引き抜いた根を、誇らしげに掲げた。
「今すぐ出て行け!」
その人の大声で怒鳴るのを、初めて聞いた。
全身が硬直する。体が動かない。
「そこから出ろ!」
晋太郎さんは縁側に飛び出したと思ったら、ふいに立ち止まり両手で頭を抱えた。
「いや、大声を出して悪かった。それは、私が育てている花の芽なのです。どうかそのままにしておいていただきたい」
「あ……」
掘り返した土の上には、剥き出しの根が転がっていた。
「大丈夫です。まだ元には戻せます。なので、今すぐそこを出てもらえますか」
手にしていた草の根を放り出す。
草履を脱ぎ捨て縁側から駆け上がると、廊下を走った。
お義母さまが飛び出してきたのを横目に、入れ違いで部屋に飛び込む。
お義母さまとあの人が、何かを怒鳴り合っている声が遠くで聞こえる。
私はぴったりと閉じた襖を背にしたまま、ぽろぽろとあふれる涙を止められずにいた。
庭の草を摘んだのが、そんなにいけないことだったの?
ぎこちなかった会話も少しは長く出来るようになって、晋太郎さんが家にいるときには、北の部屋に出入りすることも増えてはきていた。
「もう昼間の火鉢は、いらなくなりましたね」
お義母さまから渡されたお菓子を頼りに、今日もこの人の隣に座る。
晋太郎さんはいつも、そっと静かに微笑んで迎えてくれた。
本を読んでいる隣で、刀の手入れや句を練る横で、私はそんな姿を見て見ぬふりをしながらお茶を飲む。
ウグイスが鳴いた。
「もうすぐ桜の季節ですね、お花見に行きませんか?」
「行きたいのなら、母とでも行っていらっしゃい」
「晋太郎さんは?」
「通いの道場で見ているので結構です」
「それは、ついでではありませんか」
「十分ですよ」
話しをするようにはなっても、いつものらりくらりと交わされる。
「でも、せっかくですから……」
晋太郎さんは開いていた本を閉じた。
「私のようなつまらない男と花見に行っても、あなたが面白くないでしょう」
「そんなことはないです!」
「遠慮は無用ともうしました」
そう言って静かに微笑む姿に、私も口を閉ざしてしまう。
「少し休みます」
横になるとすぐに、その人は目を閉じてしまった。
私は日の当たる小さな庭を見下ろす。
晋太郎さんはもしかしたら、私なんかと出かけるのは嫌なのかもしれない。
何もなかった庭土の表面に、ぽつぽつと何かの芽が出始めていた。
私はふとそこへ下りる。
以前から気にはなっていたのだ。
伸び放題になってしまう前に、手入れをしておこう。
庭の草は早いうちに抜いておくに限る。
すぐ足元に生えていた新芽を摘んだ。
プチッという小さな音を立て、辺りに青臭い匂いが広がる。
指に付いた汁を布巾でぬぐった。
できればあの人に、喜んでもらいたい。
やり始めてしまうと止まらないもので、次々と新芽を摘んでいく。
簡単に抜けるものもあれば、根が深くなかなか抜くのに苦労するものもあった。
しっかりと根を張った一本を引き抜く。
「何をしている!」
「草を抜いております」
引き抜いた根を、誇らしげに掲げた。
「今すぐ出て行け!」
その人の大声で怒鳴るのを、初めて聞いた。
全身が硬直する。体が動かない。
「そこから出ろ!」
晋太郎さんは縁側に飛び出したと思ったら、ふいに立ち止まり両手で頭を抱えた。
「いや、大声を出して悪かった。それは、私が育てている花の芽なのです。どうかそのままにしておいていただきたい」
「あ……」
掘り返した土の上には、剥き出しの根が転がっていた。
「大丈夫です。まだ元には戻せます。なので、今すぐそこを出てもらえますか」
手にしていた草の根を放り出す。
草履を脱ぎ捨て縁側から駆け上がると、廊下を走った。
お義母さまが飛び出してきたのを横目に、入れ違いで部屋に飛び込む。
お義母さまとあの人が、何かを怒鳴り合っている声が遠くで聞こえる。
私はぴったりと閉じた襖を背にしたまま、ぽろぽろとあふれる涙を止められずにいた。
庭の草を摘んだのが、そんなにいけないことだったの?