「カブとダイコンが煮えました。後はどうすればいいですか?」

「ざるにあげて、湯切りしてちょうだい」

お義母さまはぬか漬けに夢中だ。

鍋の野菜は、こぽこぽと泡と一緒に踊っている。

この後にもまだまだ、しなければならない作業は山積みだ。

奉公人たちもそれぞれに、忙しく働いている。

私は鍋の取っ手をつかんだ。

「あっつ!」

勢いでうっかり持ち上げた鍋の取っては、皮膚まで溶かすように熱い。

「あっ、あ……」

足元がよろける。

重たいうえに熱い! 

だけどここで手を離してしまったら、鍋の中身が台無しだ。

「鍋敷きを用意なさい」

大きな手がひょいと伸びて、私から鍋を取り上げた。

「あ、熱いですよ!」

「そこでよいでしょう。危ないので、小松菜をどけてください」

「ふ、布巾で持たないと!」

晋太郎さんは、ため息をついた。

「そう思うのなら、早く鍋敷きを出してくれませんか。なんならそこの、布巾でもいいです」

慌てて板の間に布巾を広げ、思い直してそれを畳む。

「早くここに……」

「小松菜」

山と積まれたその束を抱えて持ち上げると、その人はようやく鍋を布巾に置いた。

「あ、熱くはないのですか?」

「熱いですよ」

義母の呼ぶ声が聞こえる。

晋太郎さんは行ってしまった。

ざるの山を運ぶ手伝いをするよう言われている。

「あ、これを使いますか?」

持ち上げた山のうちから、その一つを差し出す。

私はそれを受け取った。

「早く湯から出さないと、冷ますのに時間がかかりますよ」

ざるの山を抱えたまま、その人は外に干すため土間を出て行く。

とり残された私は、呆然と見送った。

この手はまだじんじんと痛むのに、あの人は何ともないのだろうか。

すごく熱かったよ? 

あの人にしたって、熱くなかったわけでは決してないだろうに……。

大きなさじで、鍋の中身をすくう。

まだ湯気の立ち上る大根をざるに移した。

その人は庭先の縁側に座って、作業を眺めながらぼんやりとスルメをかじっている。

その姿を見ただけで、なぜだか急に恥ずかしさがこみ上げてきて、大根の一切れを落っことしそうになる。

夜になって、その人は部屋にやってきた。

「手を見せてください」

私にはどうしても、確認しておかなければならないことがある。

「まだ起きていたのですか?」

「手を……見せてほしいのです」

行燈の薄明かりの中で、ムッと顔をしかめたその人は、渋々と正面に腰を下ろした。