「私には何のことをおっしゃっているのか、さっぱり分かりません」

本当に言いたいことは、他にももっと、たくさん山ほどある。

「ですが……」

「……。ですが?」

「……ですが……。もういいです……」

着物の袖口をぎゅっと握りしめる。

私はうつむいたまま、顔を上げることが出来ない。

晋太郎さんの口調は、とたんに静かになった。

「あなたの、心細いのは分かります。初めてのことだらけで、不安なのでしょう。それは理解しているつもりです」

そう言うと、晋太郎さんは体を横に向けた。

「嫁に来た以上、遠慮は無用と申しました。私も遠慮はいたしません」

積んであった本の一冊を広げる。

「あなたの気が楽になる方法を、考えておきましょう」

どうやらそれで、本当に話は終わったようだ。

立ち去る機会を逃した私は、そのまま本を読む晋太郎さんを眺めていたけど、どうしようもなくなって立ち上がる。

「今夜はまた、お話ししてもいいですか?」

「えぇ、もちろんです」

一礼をしてから、部屋を後にした。

とぼとぼと廊下を歩く。

お義母さまの部屋から伸びた手が、私を「おいで」と呼んでいた。

「あの子、ちゃんとあなたに謝った?」

あぁ、やっぱり。

お義母さまに言われたから、突然私にあんなことを言ったんだ。

「はい。それは大丈夫です」

晋太郎さんの意思で、そうしてほしかったな……。

私はその場に座り込んだまま、じっとしている。

「またあの子に何か言われたの?」

そうやって聞かれても、なんと答えていいのかが分からない。

「いえ、特には何も……」

「言いたいことがあるのなら、ガツンと言っておやりなさい。それくらいしないと、分からない子よ。あの子は」

「はい……」

まぁ……、なんとなく分かってはいたけど、やっぱり聞いてるよね、話は全部……。

「頑張るのよ!」

「はい!」

お義母さまとお祖母さまは、私の味方だ。

嫁に来たんだもの、新しい家族とは仲良くしたい。

気を楽にする方法を考えておくと言っていたから、晋太郎さんの方からなにかあるかと、そわそわしながら過ごしていた。

だけどいつまで経っても、あの人の方から話しかけてくることはなく、奥の部屋に籠もったまま、やっぱり姿すら見せない。

「そりゃ、すぐには無理か……」

自分の方から奥に会いに行くのも、なんだか違うような気がして、一人部屋で悶々と過ごす。

夕餉の時も、何の会話もないまま静かに終わり、自分の部屋へ戻った。

夜になって、晋太郎さんがやって来るまで、起きていようと思った。

だから枕元ではなく足元の方に、じっと正座して待っている。

今夜は話しをしてくれると言っていたのだから、きっといつもより長く話してくれるに違いない。