悲しくはないけど、少し疲れた。

怒るほどのことでもないかもしれけど、遠慮は無用と言ったのはなんだったの? 

ふいにゴトリと音がして、襖の向こうへ聞き耳を立てる。

晋太郎さんが持っていた手桶を、廊下の柱へぶつけたようだ。

「どちらへ?」

襖を開けた時には、もうその姿は見えなくなっていた。

お義母さまと言い争う声が遠くに聞こえてくる。

私はそれに、じっと聞き耳を立てていることしか出来ない。

やがてそれも静かになったかと思うと、晋太郎さんは再び家を出て行ってしまったようだ。

あの人は私を家に連れ戻すことに成功すると、すぐにまた出かけて行ったのだ。

夕餉に再び顔を合わせる。

食事をしている最中も、一言も言葉を交わさなかった。

お義母さまが口火を切る。

「晋太郎。今日はどこへ出かけていたのですか?」

晋太郎さんは白飯を口に放り込むと、ゴクリとそれを飲み込んだ。

「墓参りですがなにか」

「なら志乃さんも、連れていって差し上げればよかったじゃないですか」

晋太郎さんは腹を立てている。お義母さまも腹を立てている。

「……では、次からはそういたしましょう」

その言葉に、義母は私を振り返った。

「だ、そうですよ、志乃さん。次はちゃんと晋太郎に案内してもらってくださいね」

「……。はい……」

いつになく張り詰めた食事が終わり、いつものように夜が来て、いつものように布団に入る。

長い長い夜となっても、晋太郎さんはその日、私の起きている間に寝所に現れることはなかった。