目が覚めたら、今朝はまだ晋太郎さんが隣で寝ていた。

それだけのことになんだかうれしくて、布団から飛び起きる。

起こさないよう、こっそりと部屋を出た。

朝餉の支度が出来て、やってきたその人の横に座る。

「ご飯、よそいます」

今まではこんなことすら言えなくて、黙って差し出した私の手の上に、無言で茶碗が置かれるだけだった。

相変わらす私の手に茶碗をのせるこの人の仕草には、何の変わりもないけれど、言えた自分の一言がうれしい。

なにか気に入ってもらえるような、可愛くて面白い話を思い出そうとしている。

掃除や縫い物をしていても、奥の部屋ばかりが気にかかる。

そこにあの人がいると思うだけで、縫い目すら違って見える。

今夜はなんの話をしようか、岡田の家での話? 

木登りして落っこちたとかいう話は、気に入ってもらえるかな。

「出かけてきます」

ふいにその人の声が聞こえて、針と糸を放り出した。

晋太郎さんの背が廊下を曲がる。

「どちらに行かれるのですか?」

勝手口の土間に並んだ草履を引っかけ、出て行こうとするその人にようやく追いついた。

「すぐに戻ります」

脇には小さな縦長の手桶と、ひしゃくが置いてある。

「先祖の墓参りですか? 待って、私も行きます! 一緒に行ってもいいですか?」

「え?」

晋太郎さんは、明らかに困惑していた。

「供はつけなくてもよいのですか?」

「あ、あなたは来なくてもよろしい」

夫婦で並んで出かけるなんてことが、この人にとっては恥ずかしいのかもしれない。

たしかにそんな夫婦はいないかもしれないけど、それでも私は、そうしたい。

「どうして? 一緒には行けないようなところなのですか?」

「そういうワケでは……」

台から飛び降り駆け寄った私に、この人は明らかに嫌がるようなそぶりを見せた。

「私が行ってはお邪魔ですか?」

その人は言葉に詰まる。

「いつも一人で行っているので……」

小さな手桶を握りしめている。

騒ぎを聞きつけた義母がやって来た。

晋太郎さんをギロリと見下ろす。

「志乃さん、一緒にお行きなさい。私が許します」

そう言った義母を、晋太郎さんも負けずににらみ返した。

そのままくるりと背を向けると、その場を後にする。

「では、行って参ります!」

私は急いで後を追いかけた。

高い白壁の続く道を、必死で追いかける。