「今まで仕事をしていて、朝食以外口にしていないのだ……」

 どうやら男性は食べ物を求めて彷徨っているうちに、ここで力尽きてしまったらしい。

 たしかに、こんな時間まで灯りの付いている飲食店はこのあたりにはうちくらいしか無い。酒場やなんかが集まる繁華街には遠いし。
 この人は食べものを求めて、いまだ灯りの漏れていたここにたどり着いたんだろう。

 残念ですがもう閉店です。なんて言えない雰囲気だ。ここで拒んだらそれこそ行き倒れになってしまう。

 私は少し悩んだ後に、男性を店内に招き入れる事にした。
 なんとかテーブルについた男性は、ぐったりしながらも

「すまないが手を洗いたい。洗い場を貸してもらえないか?」

 と口にした。

「申し訳ありませんが、厨房内に部外者を入れるのは禁止されておりまして……代わりに水の入ったたらいをお持ちしますから、それを使ってください」

 そうして厨房内でたらいとタオルを用意していると、背後から急にしっぽを掴まれた。

「ぎゃあ!」

 思わずたらいを取り落としそうになる私に構う事なく、しっぽを掴んだ相手は苛立ちを隠す様子もなく声に表す。

「おいネコ子、誰だあの男は。もう閉店なのに何やってんだよ」

 レオンさんだ。今まで厨房で火にかけられた大鍋の中のスープストックの様子を見ていたのだ。

 私があのお客さんを引き入れた理由の一つが、このレオンさんの存在だ。彼がいれば手早く美味しい料理を作ってくれるのではと期待したのだ。

「しっぽ握らないでください! 私にとってはお尻の一部も同然なんですよ! それを平然と握るなんて性的嫌がらせです!  レオンさんの変態! 痴漢!」

 抗議するとレオンさんは手を離した。

「じゃあお前は尻の一部を平気で露出してるってわけか。どっちが変態なんだか。この痴女が」

 ぐぬぬ……
 その理屈で言えばその通りだ。私は自覚無しの変態痴女だったのだろうか。