私も元の世界にいた頃は、趣味で漫画的イラストのようなものを描いていたが、正直言ってあまり上手くない。イラスト投稿サイトで「いいね」が10ほど貰えれば上出来だ。

 だから絵で生計を立てられるほどの実力のある人には尊敬や憧れのようなものがある。

「依頼されたらなんでも描く。今はチラシやポスターだとか……本当はじっくり人体を描いてみたいが、なかなか難し――あ、いや、そんな事はどうでもいい。今日はお前の言った通り、朝からずっと仕事用の絵を描いていた。歯が痛いのも、きっとそのせいなのだろう」

「こんなこと言うのは差し出がましいとは思いますけど、こまめに休憩を取ったほうがいいですよ。でないとそのうち歯がぼろぼろになっちゃう……」

 私の進言に男性は考えるように腕組みした。

「いや、それが……一度の制作を始めると周りが見えなくなると言うか……時間が気にならなくなってしまうのだ」

 なるほど、食事もとらずに制作に没頭してしまうタイプなのか。

「あ、それなら、ちょっと待っててください」

 わたしはふと思いついて、林檎の乗ったお皿を回収すると、厨房で塩水を満たしたボウルに林檎のうさぎを投入していく。

 その間にお店の名前入り布製ナプキンを一枚拝借してくる。
 ボウルからとり出した林檎のうさぎを再びお皿に並べていると、背後から手が伸びてきた。

「ひとつ貰うぞ」

 レオンさんが、さっと林檎を一切れ摘んで持っていってしまった。

「あ、それはお客様のための……」

「うるせー。一切れくらいいいだろ。どうせわかんねえよ」