長いような、あるいは一瞬であるような曖昧な時を経て、やがて蜂谷先生がゆっくりと首を横に振った。彼のその仕草に、諦めに似たものを感じた。

「……そこまでわかってしまうとは……似顔絵一枚くらいと思ったのが間違いだったな」

「先生! 何言ってんだよ⁉ こいつの言う事なんて真に受ける必要ないって! ただの妄想だよ! 馬鹿馬鹿しい!」

 赤坂の叫びにも、蜂谷先生は同調する様子もなく呟く。

「……もう、いいんだ。充分だ、赤坂」

 その眉間には皺が刻まれている。今までほとんど感情を表に出さなかった彼が、初めてはっきりと見せた苦悩のような表情。そのままぽつりぽつりと言葉を吐き出す。

「彼は……小鳥遊は、入学してすぐにここを訪れた。君達のように絵を教えて欲しいと言って。更に、できれば俺に肖像画を描いて貰いたいとも。俺は断ったが、彼はその後も毎日のようにここへ足を運んで……少しずつ話をするうちに、俺は彼に親しみを感じるようになっていた。翌年に赤坂が同じようにここを訪れる頃には、いつのまにか美術部まで立ち上げるほどに。初心者に近い彼らに色々と教えるのも楽しかった。もし俺に弟や妹がいたら、小鳥遊や赤坂がそれに近い存在なんだろうと思う。だが、それほどまでの感情を抱いた相手にいつまでも肖像画を描いてやれない事が心苦しくて、俺はとうとう絵を描けない理由を二人に打ち明けた。人の顔が判別できないからだと。それでも構わないと小鳥遊は言った。だから俺は描いたんだ――顔のない肖像画を」

 その声にはどこか悲しみが含まれていて、聞いていると胸をじわじわ締め付けられるようだ。
 でも、今の先生のほうが、さっきまでの彼より、ずっと人間らしいと思った。