それを聞いた蜂谷先生の瞳がわずかに揺れたような気がした。
「私、失礼だとは思いながら、何度か先生の顔を間近で拝見しました。ところどころに髭の剃り残しがありました。今日もあるのがわかります。それって、髭の剃り残しに気づかなかったからじゃありませんか? なぜなら鏡を見ても自分の顔がわからないから」
奇妙に緊張した静けさの中、みんな無言で星乃の声を聞いている。
「先生は以前、事故に遭って以来、絵を描けなくなったと聞きました。利き腕を傷めたとかで。でも、たぶんそれは違います。それなら、昨日みたいにあんなにスムーズな動作で線を引いて、整った似顔絵を描くのは難しいはず。実際には、怪我をしたのは腕じゃなくて、頭だったんじゃありませんか? そしてその影響で先生は人の顔が判別できなくなり、結果人物画も描けなくなってしまった。人物画家としては致命的ですよね」
そこで初めて蜂谷先生が口を開いた。
「……俺は君の目の前で似顔絵を描いたはずだが」
「たぶん、先生が判別できないのは生身の人間や、写真に写った立体的な人間、または彫刻です。さっき似顔絵にほくろを描き足したところを見ると、絵画だとかの平面に描かれた人間なら問題なく識別できるんでしょう。先生は私の似顔絵を描くふりをしながら、紙の上に架空の人間の顔を創り上げていったんです。今まで画家として得た経験と技術だけで。学年を聞いたり、表情を指定したのは、少しでも違和感をなくすため……少年を描いたはずが老人のような顔になったり、仏頂面が笑顔になったりしたら不自然ですから。そうして出来上がった似顔絵は、当然私には似ていませんでしたけど、まるで人形みたいにとても整っていてきれいな顔でした。でも、それにも理由があったのでは?」
「私、失礼だとは思いながら、何度か先生の顔を間近で拝見しました。ところどころに髭の剃り残しがありました。今日もあるのがわかります。それって、髭の剃り残しに気づかなかったからじゃありませんか? なぜなら鏡を見ても自分の顔がわからないから」
奇妙に緊張した静けさの中、みんな無言で星乃の声を聞いている。
「先生は以前、事故に遭って以来、絵を描けなくなったと聞きました。利き腕を傷めたとかで。でも、たぶんそれは違います。それなら、昨日みたいにあんなにスムーズな動作で線を引いて、整った似顔絵を描くのは難しいはず。実際には、怪我をしたのは腕じゃなくて、頭だったんじゃありませんか? そしてその影響で先生は人の顔が判別できなくなり、結果人物画も描けなくなってしまった。人物画家としては致命的ですよね」
そこで初めて蜂谷先生が口を開いた。
「……俺は君の目の前で似顔絵を描いたはずだが」
「たぶん、先生が判別できないのは生身の人間や、写真に写った立体的な人間、または彫刻です。さっき似顔絵にほくろを描き足したところを見ると、絵画だとかの平面に描かれた人間なら問題なく識別できるんでしょう。先生は私の似顔絵を描くふりをしながら、紙の上に架空の人間の顔を創り上げていったんです。今まで画家として得た経験と技術だけで。学年を聞いたり、表情を指定したのは、少しでも違和感をなくすため……少年を描いたはずが老人のような顔になったり、仏頂面が笑顔になったりしたら不自然ですから。そうして出来上がった似顔絵は、当然私には似ていませんでしたけど、まるで人形みたいにとても整っていてきれいな顔でした。でも、それにも理由があったのでは?」