「はあ、これが蜂谷先生の生スケッチ……昨日から何度も穴のあくほど眺めていたはずなのに、いまだにそれがここに存在するという事実が信じられません。一晩で法隆寺建てられちゃうくらい」
描いてもらった似顔絵を眺めながら星乃がため息を漏らす。箸を持つ手も止まったまま。
俺達は今日も昼飯を共にしている。ただし、場所は美術室ではなく、中庭の芝生の上にレジャーシートを広げて。
美術室を追い出された結果、昼食の場をここへと移したのだ。周囲には他にも弁当を手に談笑している生徒の姿もちらほらと見える。
俺と星乃が塹壕花壇を作るという名目で掘った例の穴は、すでに土で埋められ、新しい芝生で覆われている。
「それにしても、短時間でこんな絵が描けるなんて、やっぱり蜂谷先生ってすごい人だったんだなあ。それに、絵を描いている最中なんて特にかっこよかったし。あ、でも髭を少し剃り残しているみたいでした。あんまり見た目を気にしない人なのかな。かっこいいのに勿体ないですねえ」
「もしかして君は、ああいうタイプが好みなのか?」
「うーん……好みというよりは、なんていうか、蜂谷先生の持っている独特な雰囲気が気になるっていうか……なんだか繊細で神秘的で、ちょっと神経質そうなところが、いかにも『芸術家!』って感じがしませんか?」
「君と正反対だな」
「蓮上先輩、何か言いました? 今、変な雑音が聞こえたような気がするんですけど」
「いや、何も。気のせいだろ。でもこの絵、全然似てないな。絵のほうが美少女すぎる」
「もう、さっきから失礼な事を平気で口にする男子ですね」
「なんだ。聞こえてたんじゃないか」
「一度は聞こえないふりをするのが人としての優しさってものじゃないですか。それを台無しにする男子はモテないタイプですよ」
え、そうなのか……? 俺はモテないタイプなのか……?
「今まで自覚がなかっただけで、きっとこれが私の本当の姿なんです。肖像画のプロともいえる蜂谷先生だからこそ、私の真の美しさに気付いたに違いありません」
「また君の恐るべきプラス思考が顔を出した。そろそろ現実を見たほうがいいぞ」
「ひどーい! 再び繊細な乙女に対して暴言を! 蓮上先輩にはもう見せてあげません!」
星乃は似顔絵を取り上げると、俺に見えないようにそれを眺める。小学生の嫌がらせか。
「なあ星乃、先生は利き腕を傷めて以来、上手く絵が描けないって話だったが、昨日はスムーズに手を動かしていたし、実際にそんなに素晴らしい絵も描ける。以前には小鳥遊先輩の肖像画も描いたわけだし。どうしてここ数年作品を発表しなかったんだろうな」
「それはやっぱり満足のいく絵が書けなかったからじゃないですか? ほら、世の中には気に入らない作品を破壊する陶芸家だっているって聞いた事ありますし」
「満足のいく絵といってもな……その似顔絵だけ見れば十分に素晴らしい作品が描けそうなのに。似てないけど。というか、そんなに似てないなんて、先生は一体何を見てたんだ」
「またそんな事を。何をって、それは私を見てたに決まってるじゃないですか。それ以外に見るものなんて、目の前の空気くらいしか――」
その時、一つの影が俺達の座っているレジャーシートに落ちた。
描いてもらった似顔絵を眺めながら星乃がため息を漏らす。箸を持つ手も止まったまま。
俺達は今日も昼飯を共にしている。ただし、場所は美術室ではなく、中庭の芝生の上にレジャーシートを広げて。
美術室を追い出された結果、昼食の場をここへと移したのだ。周囲には他にも弁当を手に談笑している生徒の姿もちらほらと見える。
俺と星乃が塹壕花壇を作るという名目で掘った例の穴は、すでに土で埋められ、新しい芝生で覆われている。
「それにしても、短時間でこんな絵が描けるなんて、やっぱり蜂谷先生ってすごい人だったんだなあ。それに、絵を描いている最中なんて特にかっこよかったし。あ、でも髭を少し剃り残しているみたいでした。あんまり見た目を気にしない人なのかな。かっこいいのに勿体ないですねえ」
「もしかして君は、ああいうタイプが好みなのか?」
「うーん……好みというよりは、なんていうか、蜂谷先生の持っている独特な雰囲気が気になるっていうか……なんだか繊細で神秘的で、ちょっと神経質そうなところが、いかにも『芸術家!』って感じがしませんか?」
「君と正反対だな」
「蓮上先輩、何か言いました? 今、変な雑音が聞こえたような気がするんですけど」
「いや、何も。気のせいだろ。でもこの絵、全然似てないな。絵のほうが美少女すぎる」
「もう、さっきから失礼な事を平気で口にする男子ですね」
「なんだ。聞こえてたんじゃないか」
「一度は聞こえないふりをするのが人としての優しさってものじゃないですか。それを台無しにする男子はモテないタイプですよ」
え、そうなのか……? 俺はモテないタイプなのか……?
「今まで自覚がなかっただけで、きっとこれが私の本当の姿なんです。肖像画のプロともいえる蜂谷先生だからこそ、私の真の美しさに気付いたに違いありません」
「また君の恐るべきプラス思考が顔を出した。そろそろ現実を見たほうがいいぞ」
「ひどーい! 再び繊細な乙女に対して暴言を! 蓮上先輩にはもう見せてあげません!」
星乃は似顔絵を取り上げると、俺に見えないようにそれを眺める。小学生の嫌がらせか。
「なあ星乃、先生は利き腕を傷めて以来、上手く絵が描けないって話だったが、昨日はスムーズに手を動かしていたし、実際にそんなに素晴らしい絵も描ける。以前には小鳥遊先輩の肖像画も描いたわけだし。どうしてここ数年作品を発表しなかったんだろうな」
「それはやっぱり満足のいく絵が書けなかったからじゃないですか? ほら、世の中には気に入らない作品を破壊する陶芸家だっているって聞いた事ありますし」
「満足のいく絵といってもな……その似顔絵だけ見れば十分に素晴らしい作品が描けそうなのに。似てないけど。というか、そんなに似てないなんて、先生は一体何を見てたんだ」
「またそんな事を。何をって、それは私を見てたに決まってるじゃないですか。それ以外に見るものなんて、目の前の空気くらいしか――」
その時、一つの影が俺達の座っているレジャーシートに落ちた。