そんな俺の内心とは裏腹に、妙に静かな室内には、紙の上を鉛筆が滑る軽やかな音だけが響く。目の前の先生は絶え間なく手を動かしながらも、時折り星乃に視線を向ける。
いつもの無機質な印象とは打って変わって鋭いその表情に、星乃の隣で見ている俺までどきりとしてしまう。絵を描いている時はこんな顔をするんだな。
星乃も膝に手を揃えて置いたまま、身を硬くしているのがわかる。
やがて先生は鉛筆を置くと、スケッチブックをくるりとこちらへと向ける。
それを見て息を呑んだ。
シンプルな線と陰影にもかかわらず、そこにはいきいきと人の姿が浮かび上がっている。
紙の中で微笑むその少女の顔は、溜息が出るほど美しかった。
「……すごい」
「これは見事だな……」
星乃も俺も、感嘆の声を漏らす。
「でも蜂谷先生、こんなに気を遣ってくださらなくてもいいんですよ。実物に比べて数倍美化されてる」
「ちょっと蓮上先輩、それ、どういう意味ですか⁉ どこからどう見ても私にそっくりじゃないですか! まるで鏡を見てるみたいに!」
「君の言う鏡って、俺の知ってる鏡とは違う別の何かなんじゃないのか?」
「先輩こそ、目の前の現実を受け入れたほうがいいですよ!」
そんな俺達のやりとりは、びりびりと紙を裂くような音に遠慮なく遮られる。
蜂谷先生がスケッチブックから似顔絵の描かれたページを破り取って、こちらに差し出していた。
我に返った星乃がおずおずと受け取ると、厳しい顔をした赤坂がドアを指さした。
「お前ら、いつまでもはしゃいでるんじゃねえ。約束通り入部は諦めてさっさと出てけ。もうここにも来るんじゃねえぞ」