星乃は俯きながら必死に考えているように見える。

 どうやら俺はタイミングを見誤ったらしい。赤坂という存在が誤算だった。彼女さえここにいなければ、先生は渋々ながらも似顔絵を描いてくれようとしていたのに。そのせいで星乃に残酷な選択をさせようとしている。

 ここは一度退散して別の方法を考えた方が――

「先生に絵を描いて貰えるなんて感激です!」

 星乃が顔を上げた。頬を染めて、興奮したように。

「確かに蜂谷先生に色々と教えてもらいたいと思っていたのも事実ですけど、それよりも私は先生の絵が好きなんです! それを見られるなんて、しかも私の似顔絵だなんて! こんな身に余る光栄は他にありません! 是非とも絵を描いていただく方向でお願いします! きゃー楽しみー! 絶対家宝にします! ラミネート加工して、額縁に入れて。はー、夢が広がる……!」

 思っていたよりあっさり諦める事を選択し、嬉しそうに両手を頬に添えると、その場でかけっこでもするように足を踏み鳴らす。

 ずいぶんと軽いな。葛藤とかないのか? こいつは入部は二の次で、本当の目的は先生の絵を見る事だったのか? あんなに入部したいとか言ってたのに。

 今までの苦労を考えて、なんだか脱力してしまった。

「……決まりだな」

 星乃の答えを聞いた先生は、そのあたりに置いてあったスケッチブックと鉛筆を手に取ると、無造作に置いてあった椅子を星乃に勧め、自らもその正面に腰掛ける。

 星乃もこれから起こる事が楽しみで仕方がないというように瞳を輝かせている。

「……君は確か一年生だったはずだな」

 先生の質問が飛んできて、やっと我に返った様子だ。

「は、はい。改めまして、一年D組、菜野花畑星乃です。出席番号三十一番、得意科目は世界史、苦手科目は数学、好きな科目は美術と家庭科で、得意料理は星乃流ピッガイヤットサ――」

「……少し口角を上げて」

 自己紹介の途中で口を閉じざるを得なくなった星乃は、先生に言われるまま唇の端を持ち上げる。が、その顔は強張っていて、正直、不自然とも言える。

 かなり緊張してるみたいだ。大丈夫か……?