「先生⁉」

 驚きの声を上げる赤坂を目で制し、蜂谷先生は頷く。まるで心配いらないとでもいうように。

 まさか本当に描いてもらえるとは……正直、断られるかと思っていた。だって、小鳥遊先輩の肖像画を描いたとはいえ、蜂谷先生は利き腕を傷めていると聞いたし……それが本当なら、先生の腕に負担がかかるかもしれないだろうから。

「ちょっと待てよ、蓮上才蔵」

 唐突に赤坂の声が響いた。彼女はこちらを厳しい顔で睨みつけている。

「さすがに虫が良すぎるんじゃねえか? それって正式な入部は諦めても、今まで通りフリー美術部員とやらでいるつもりって事なんだろ? フリーとか言ってるけど、それだって扱いは正規の部員とほとんど変わらねえ。それで似顔絵まで描いて貰おうだなんて図々しいにも程がある」

 そうだろうな。普通に考えればその通りだ。絵を満足に描けないという先生に対して、入部を諦める代わりに絵を描いて欲しい。
 けれど今までと同じように接して欲しいだなんて、そんなの無茶苦茶な要求だ。条件が釣り合わない。どう考えても先生のデメリットのほうが大きい。

「選べよ」

 赤坂は目を細めて俺達を見つめる。夕日を背にしたその幼い容姿からは妙な威圧感が発せられている。

「似顔絵を描いて貰う代わりに、今後一切ここへは近づかないか、それとも今まで通りでいる代わりに似顔絵を諦めるか。二つに一つだ」

「……赤坂、そこまでしなくても――」

 咎めるような蜂谷先生を赤坂は遮る。

「甘い。甘すぎますよ先生。ここで要求を呑んだら、こいつら絶対調子に乗りますよ。今だって特別扱いも同然なのに。これ以上デカい顔されたらどうなるか。おい、菜野花畑星乃。どっちがいいかお前が選べ。お前の似顔絵なんだからな」

 さすがにそれは酷というものだろう。星乃は蜂谷先生の絵を見るためにここまで追ってきて、何度断られても入部届けを出し続けたほど思い入れがあるんだろうから。

 けれど、赤坂の主張もわかる。腕を傷めているという先生に似顔絵を描いてくれだなんて、それだけで非常識にもほどがある。

「わ、私、私は……」