「なんだ蓮上才蔵に菜野花畑星乃。揃っておでましか」

 美術準備室に足を踏み入れた途端、赤坂の声が飛んでくる。

 しかしこいつをここで見るなんて珍しい。蜂谷先生と何か話していたようだ。だが、彼女は正規の美術部員なわけだから、俺達が知らないだけで、この光景もよくある事なのかもしれない。

「それで今日は何の用だよ。また懲りずに入部届を出しに来たのか?」

 俺は赤坂の言葉を否定するように首を振ると、蜂谷先生に向き直る。

「いえ、今日はもう入部届は提出済みで……そうじゃなくて、実は俺達、今までの事を謝罪したくて」

「……謝罪?」

 ほんのかすかに怪訝そうな色を見せる先生に、俺は続ける。

「入部を断られたにも関わらず、何度もここに押しかけてご迷惑をかけてしまった事を。本当にすみませんでした」

 頭を下げると、慌てたように星乃もそれに倣う。

「俺達はただ、蜂谷先生の絵を見たい、美術部を存続させたいという一心で毎日のようにここを訪れていました。けれど、それが先生のご負担になるのなら諦めて、今のままで良いのでは、という結論に達したんです」

 星乃を横目で見やると、少し困ったような顔をしている。その事に胸がちくりと痛む。確かに先生の絵を見るために入部を諦めるという条件を受け入れた彼女だったが、いざとなるとやはりいくらかの未練があるのかもしれない。
 俺は蜂谷先生をみつめる。

「それで、最後に先生にお願いがあるんですが、以前に先生が描いたという、小鳥遊先輩の肖像画のラフなんかが残っていたら見せて頂けませんか? 肝心の肖像画本体は、その……残念な事になってしまったわけですから」

 黙って話を聞いていた蜂谷先生は首を横に振る。

「……とても人に見せられるようなものじゃない」

「そこをなんとかお願いします。俺はともかく、こいつ――菜野花畑は先生の絵を見る事を楽しみにしていて……この高校に入学したのだって先生に逢いたい一心からだったんです」

「……すまないが」

 なおも断りかけた蜂谷先生を遮るように

「それなら、菜野花畑の似顔絵を描いて頂けませんか? スケッチ程度の簡単なもので構わないので」