唐突に星乃が、先生の言葉に被せるように妙な言葉を発しだした。なんだ一体。

「ぐーぐー。私のお腹が鳴っています。ぐーぐー」

 まさかこいつ、先生の林檎が欲しいばかりに、おかしな方法で空腹をアピールしだした⁉

 これはやばい。先生がその意図に気づいているのかわからないが、いくらなんでも図々しすぎる。こいつ、容赦なく空気読めないな。

「あ、ありがとうございます! 大切にします!」

 俺は林檎を受け取ると、ついでに自分たちの林檎も回収して星乃の腕を引っ張る。

「それでは俺達は失礼します」

 飛び出すように美術準備室から脱出した。

「ぐーぐー」

 美術室に戻ってからも星乃の空腹アピールは止まらない。俺が先生から貰った林檎を凝視したまま。

「悪いけど、この林檎はやらないぞ」

「ええっ⁉ こんなか弱い乙女の空腹音を聞いてもですか⁉」

「どこが空腹音だ。口で言ってるだけじゃないか」

「バレましたか」

「逆になんでバレないと思うんだ⁉」

 俺はため息をひとつつく。

「大体、この林檎は先生が俺にくれた物なんだぞ。それをすぐ他人に譲るなんて、先生に失礼すぎるだろ。だからいくら君でも譲れない」

「まあ、それはそうですけど……ぐー……」

 うざいな……。
 しかし、見れば見るほど本物みたいに精巧な林檎だ。思わず見入ってしまう。

 俺もこんなものを自在に作れたらなあ。きっと楽しいだろうなあ。
 それにしても、蜂谷先生って意外といい人なのか? 赤坂の言う通りアドバイスもしてくれたし、こんなハイクオリティな林檎まで貰えたし。俺が銅像や入部届の件で先生の事を誤解していただけなのか……?

「はー、これだったら美術部に入れなくても構わないかなあ……」

 唐突に星乃がそんなことを言い出した。

「美術部員じゃなくても、先生は私達の作品を見てくれることがわかったし。それに石膏の林檎まで貰えるなんて、このままフリー美術部員に甘んじていようかなあ……」

 机に頬杖をついてうっとりとしている。

 現金なやつだな。あれだけ正規美術部員にこだわって、俺まで巻き込んだくせに何をいまさら。怒りを通り越して呆れてしまう。

「でも、一つだけ心残りがあるんですよねえ……」