仕方なく林檎を片手に持ち直しながら、いつも通りに二人で入部届を差し出す。赤坂の言葉が本当ならば、どうせつき返されるのだろうが、一応の儀式のようなものだ。

 それを見て、先生は何かを思いだしたように「ああ」と声を上げた。
 やっぱり忘れられてた……? 我ながらなんという存在感の薄さよ。それとも蜂谷先生が他人に興味がないだけなのか……?

「すまないが、菜野花の『菜』の『木』の部分が――」

 いつも通り理不尽な理由で入部を拒否されるが、それも想定内。今日の目的のメインはそれではない。気を取り直したように星乃は軽く咳払いする。

「先生、私達、粘土で林檎を作ったんですけど見て頂けますか? 林檎って簡単そうに見えてすごく難しいです。どこを直せばそれらしく見えるか、是非とも教えて頂きたくて!」

 粘土の林檎を差し出すと、蜂谷先生は少しの間目を彷徨わせていたが、やがて自らの事務机の上を簡単に片づけ始め、林檎を置くスペースを作ってくれた。

 赤坂の「アドバイスくらいはもらえる」という言葉は本当だったようだ。
 空いたスペースに林檎を置くと、先生はしばらく色々な角度から二つの林檎を見つめる。

 おおう……これはなんとも恥ずかしい。星乃はともかく、俺の林檎なんていびつなボールに爪楊枝が刺さったようなものなのに……だめだ、もうこの場から消え去りたい……。

 そんな俺の心中にも気づかぬ様子で、やがて蜂谷先生は静かに口を開く。

「……(かど)を探すといい」

「……かど? かどって、林檎のかどですか?」

 首を傾げる星乃と俺に、先生は頷いて続ける。

「……そうだ。林檎の表面は滑らかな曲線を描いているように見えるが、その実、連続した角の集合体だ。絵にしろ彫刻にしろ、林檎の角を表現する事ができれば一層本物らしく見える」

 ……どうしよう。何を言っているのかわからない……林檎は丸いものじゃないのか? 角ってどこの事なんだ……?

「なるほど! 角ですね! 私の心の手帖に記録しておきます! かきかきっと」

 星乃のやつ、ほんとにわかってるのか⁉

「ええと……」

 俺はどう返していいかわからず、曖昧に言葉を濁すと、先生もそれを察したようだ。

「……まあ、焦らなくていい。作っているうちにわかる事もあるし、わからなくても、いつの間にか作れている事もある」

「は、はい。そう願ってます……」

 結局よくわからなかった。やっぱり俺の美的センスでは理解するのは難しいというのか。

 そういえば赤坂も林檎を作っていたっけ。あいつは角をみつけたんだろうか?

「……役に立つかはわからないが、俺が少し前に作った林檎がある。粘土で制作したものを石膏で型を取ったんだ」

 そう言って、部屋の隅の段ボール箱をがさごそと探ると、一つの白い林檎を取り出して、俺達に差し出してきた。

「せ、先生が作った林檎……⁉ 先輩! 先生の林檎ですよ! スーパーレジェンドレアアップルですよ!」

 早速星乃が興奮している。もしかしてこいつは蜂谷先生が作ったものすべてに興奮するんじゃないか?

 しかし少し前という事は、蜂谷先生が腕を傷めた後に作ったもの……? 絵は描けないけれど、粘土による制作は問題ないという事なのか? 

 それにしてもここの美術部では林檎を作るのが伝統なのか? こんな林檎づくし、偶然だとしても恐ろしい。