言いながら気づいた。つまり今の星乃は美術部に入りたいという願望が強すぎて、そのせいで小学生並みの思考に陥ってしまうほどだと?

 まさか、そこまで思いつめているのか? 美術部に入りたいがために? これは早急になんとかしないと、今に突拍子もない事をしかねない。それこそ影だけを踏んで家まで帰ろうとしたりとか。

「星乃、駅ビルのあのカフェにパンケーキを食べに行かないか?」

「えっ⁉ 先輩のほうからお誘いなんて珍しいですね。明日は雹でも降るかなあ。傘持ってこよっと」

 少しでも星乃が正気になってくれればと提案したのだが、現実はこの言い草だ。俺の気遣いを返せ。

「失敬なやつだな。それなら別にパンケーキは無しで、このまま解散してもいいんだぞ」

「わああ! 冗談です! 蓮上様、是非ともわたくしめと一緒にパンケーキを食してくださいませ! ほしのん一生のお願いでございます!」

 星乃は必死と言った様子で目の前で両手を合わせる。パンケーキ強し。
 気を取り直して再度歩き出そうとする俺を、星乃が

「あ、そうだ先輩。手を出してください」

 と引き留める。

「手?」

「いいから。早く早く」

 何かくれるのか?

 よくわからないまま差し出した俺の手を、星乃は両手で包み込む。
 な、なんだ突然……。

 俺だって健全な男子高校生なのだ。突然女子に手を握られでもすれば、多少なりとも動揺するのも当たり前の反応だと言えよう。

 そんな戸惑いをものともせず、星乃は更に手を撫でまわす。

「やっぱり……」

「え?」

 やっぱりって、何が?
 俺の手を一通り撫でた後で、星乃が鞄から取り出したのはチューブ型のなにか。

「さっき手を掴まれた時に気づいたんですけど、先輩の手、乾燥してますね。粘土を使う作業って、気を付けないとすぐに手が荒れちゃうんですよねえ。粘土が容赦なく手の水分を持ってっちゃうから。だからこれ、使ってください。ハンドクリームです」

 言いながらチューブの中身を俺の手の甲に絞り出す。なるほど。俺の手の乾燥具合を確かめていたのか。言われてみれば、自分の手の表面が若干こわばっているような気がする。

 というか、それを確かめるために手を撫でまわしてきたのか。それを俺は妙に意識してしまって……なんて煩悩まみれの駄目男なんだ。今すぐ滝に打たれたい!

 そんな事を思っていると、星乃が俺の手をとりクリームを塗り込み始めた。

「お、おい、そこまでしなくていい。クリームを塗るくらい一人でできる」

 これではまるで子供みたいじゃないか。
 慌てて手を引っ込めようとするも、星乃がそれを許さない。

「駄目ですよ先輩。雑に塗りでもしたら、すぐに手がガビガビになって、最悪ひび割れたり出血したりするんですからね。ここは経験者である私に任せてください」

 経験者という言葉を出されると何も言えなくなってしまう。仕方なくされるがままになる。星乃だって善意でやってくれているんだろうし。

 白くて華奢な指が、俺の手の表面を丹念に滑る。

 柔らかい……いや、何を考えているんだ俺は。いかんいかん。無になれ。無になるんだ俺よ……!

「さあ、おいしくなあれ。おいしくなあれ」

 俺の手は食用じゃないんだが……。