なんとなくその場にしんみりとした空気が流れだした時

「あ、やばっ。僕、もう行かなきゃ。演劇部の臨時ミーティングがあったんだ」

 ペットボトルの中身を飲み干しながら、雪夜が勢いよく立ち上がる。

「それじゃあ、才蔵にほしのん、またね。正式に美術部に入部できる事を祈ってるよ」

 手を振ると、そそくさと部屋から出て行った。「またね」って……また一緒に弁当を食べる気なのか? 星乃が構わないなら別にいいが。

 その後姿を見送った後で、俺達は自然と無言になる。

 星乃はペットボトルを両手で包み込むように握りしめたまま、視線をテーブルに落としている。

「なあ星乃」

「ねえ先輩」

 同時に言葉を発するというのは、どうしてこう気まずいものなんだろう。
 俺は頷いて星乃の言葉を促す。

「……美術準備室の隅にあったあの絵って、きっと望月先輩の話に出てきた絵の事ですよね? 顔が真っ黒に塗り潰された肖像画。カンバスの裏には先生のサインと『小鳥遊涼平(たかなしりょうへい)』ってタイトルが書かれてた……」

 星乃も同じ事を考えていたらしい。

「おそらくそうだろうな。星乃、まさか君は雪夜の言ってた『呪いの肖像画』なんて馬鹿げた話を信じてるわけじゃないよな?」

「そうじゃないですけど……」

 星乃は慌てたように首を振る。

「でも、自分が同じ立場だったらと思うと、なんだか胸がちくちくするというか……。せっかく描いて貰った絵を『呪いの肖像画』だなんていわれるなんて、やりきれないです」

 こいつ、意外と繊細なのか? いつものふざけた様子も鳴りを潜めて、何とも言えない表情で俯いている。

「……星乃。明日の弁当のおかずは何がいい?」

「え?」

 突然の話題の転換に星乃は戸惑ったようだが、俺は何事もなかったように続ける。

「おかずを交換するのが夢だったんだろ? それとも一回だけで満足したのか?」

 星野はぶんぶんと首を横に振る。

「ええと、それじゃあ私、コロッケで! いえ、コロッケがいいなり!」

「またか?」

「だって、こんな経験初めてだから、何をリクエストしたらいいかわからないんですよう! 実際今日のコロッケおいしかったし。先輩は何が食べたいですか?」

「そうだな……ブッフ・ブルギニョンかな」

「またそんな訳のわからない料理名出してきて! さすがに温厚なほしのんも切れたナイフになりそうですよ⁉」

 どうやらいつも通りの星乃に戻ったようだ。その事に安堵しながら俺は飲み物に口を付けた。