「あれ? 才蔵、お弁当食べないの?」

 昼休み。席を立って教室を出ようとする俺に、そう声を掛けてきたのは、クラスメイトの望月(もちづき)雪夜(ゆきや)。いつも行動を共にする友人の一人だ。もちろん昼飯も。

 例の銅像に関する星乃の演説の際に、拍手をするのに協力してもらったやつでもある。名前の由来は、なんでも雪の降る夜に産まれたからだとか。

 男子にしては低めの身長と、さらさらの栗色の髪にくりっとした目と白い肌。よく「女の子みたい」などと言われて女子の中に溶け込んでいたりする。俺とは大違いだ。嫉妬。

「今日から俺は美術室で弁当を食う事になったんだ」

「どういう心境の変化? ていうか、なんで美術室なの?」

「そこに俺を待ってる奴がいる」

 少々鬱陶しい奴だけどな。
 それを聞いた雪夜がなぜか目を瞠った。

「え、なに? もしかして彼女とか? いつの間にそんな相手が? ずるいずるい。いいなあ。その子の友達紹介してよ」

 残念ながらそいつには女子の友達がいないんだ。それにお前は普段から女子との接点が多いじゃないか。これ以上何を求めるというんだ。贅沢者め。

「決してそんな関係じゃない。同じ部活……の同士というか……」

「でも、相手が女の子だって事は否定しないんだね? へー、ほー、ふーん」

 雪夜の指摘に俺はぐっと言葉を詰まらせる。その反応で確信したのか、雪夜は自身の唇の片側だけをにやりと吊り上げる。俺の苦手なパターンだ。こういう顔をする時、こいつはろくでもない事を考えているのだ。

「ねえねえ、僕も一緒に行っていいかな? その美術室でのランチ。才蔵を待ってる女の子ってどんな子なのか知りたいし。かわいい?」

 そうだなあ……見た目だけなら文句なしに可愛いんだけどな。見た目だけなら。

「やめといたほうがいいぞ。真面目に相手をすると疲れる。正直うざい」

「そんな子とわざわざ一緒にお弁当食べるなんて、ますます興味深いなあ」

 あー、まずい。こいつはこういう奴だった。

「演劇部員として常にアンテナを張ってるんだよ。演技の役に立つかもしれないしね」

 だとか言って。今日は星乃に興味を持ったらしい。

「僕も行く」

 やっぱりろくでもない事を言い出した。こうなると雪夜はしつこい。俺の上着の裾を掴んで離さない。皴になるからやめろ。

「……わかった。わかったから手を離せ」

 結局俺は根負けして、しぶしぶ雪夜をともなって美術室に行くはめになったのだった。

いや、でも、考えようによっては星乃に雪夜という友人を作るいいチャンスかもしれない。雪夜が星乃の独特なテンションにドン引きしなければの話だが。