なんだこの絵……? 本当に美術教師が描いたのか……?
まるで顔だけにぽっかり穴の開いたような絵。その不気味さゆえか、星乃が身震いするように俺の腕にぎゅっとしがみつく。
俺は彼女の目からそれを隠すように、慌ててカンバスを元通りに裏返して壁に立てかけた。
それでもまだ言いようのない胸騒ぎが支配していた。ありえない場所で見てはいけないものを見てしまったような罪悪感。それと得体のしれない不安感。
星乃を庇うように後ずさると、腕が何か硬いものに触れた。
粘土作品を置く塑像台だ。俺の腰くらいの高さに置かれた塑像板には、湿った白い布がかけられていて中は見えない。
俺と星乃は顔を見合わせ、示し合わせたかのように布に手をかけた。
勝手に見てはいけないと思いつつ、俺達はその布をゆっくりと捲ってゆく。これもまた先ほどの人物画のように不可思議で不気味な作品なんだろうか。いや、そうであって欲しくないという願いの上での行動だったのだろう。
塑像台の上には両掌を広げたくらいの大きさの粘土の塊があった。
「これは……鳥、でしょうか?」
星乃の言葉通り、それはうずくまる鳥のような形をしていた。胴体らしき部分が少しひび割れているが、先ほどの肖像画と比べると別に恐ろしいというわけでもなく、その事実に胸を撫でおろす。
その時、ドアの開くがらがらという音がした。
はっとして顔を向けると、そこにはこの学校の美術教師――蜂谷零一の姿が。
黒いカッターシャツに同色のパンツという、シンプルながらも黒一色というある意味目立つ恰好。年はまだニ十代だったはず。そこまではいい。
しかし、なによりも目を引くのは、襟首にまで無造作に伸びた髪。それが白に近い灰色をしているのだ。まるで老人、あるいはアンディ・ウォーホルのように。
染めているのか、それともまさか地毛なのか。それこそアンディ・ウォーホルのようにかつらなのか。
どんな理由にせよ、教師ともあろう者が、こんな髪色のまま何事もなく過ごせているものなのか? 校長に注意されたりしないのか?
切れ長の目から覗く瞳には驚くほど生気が感じられず、どこを見ているのかも定かではない。まるで大きな人形が存在しているように無機質で近寄りがたい印象を受ける。けれど女子からの人気は高い。
つまりはイケメンだという事だ。嫉妬。
蜂谷先生は俺たちの姿をみとめて何度か瞬きをしたが、すぐに
「それに触るな」
という静かで、それでいて冷ややかな声を上げた。