正直なところ、この学校に一人だけ存在する美術教師に対して、俺はあまりいい印象を持っていない。 

 以前、中庭の例の銅像に関して助力を求めた際に、けんもほろろに断られてしまったからだ。実物を見ようともせず。

 だから美術部に入部する事にあまり気乗りはしないのだが、星乃と約束してしまった以上仕方がない。一旦美術室から廊下に出ると、隣にある美術準備室へと向かう。顧問の教師はそこにいるはず。

 だったのだが……。

「あれ? 中に誰もいませんよ?」

 美術準備室に足を踏み入れ、室内を見回すも、星乃の言葉通りそこには誰もいなかった。

「もしかして外出中? 珍しいですね。私の持つ情報では、先生は授業や会議だとかのやむを得ない事情以外では、滅多に美術準備室から出てこない事で有名なのに。いつもなら不在時はドアに鍵が掛かってるし。これはもしや空城の計かな?」

 どんな引きこもり教師だ。ていうかそれを知ってる星乃も大概だな。ストーカーか?

「念のため少し待ってみよう。施錠されていないのならすぐに戻ってくるかもしれないしな」

 教師の事務机の脇に立つと、卓上には何かの書類やら本やらが無造作に積まれていて、今にも崩れそうに危うい。

 改めて部屋の中を眺めると、壁際にはびっしりと本の詰まった棚。多くは画集だとか絵の技法に関する本だ。端っこには絵具や筆なんかの画材なんかもある。さすがは美術教師といったところか。
 などと感心していると、星乃が俺の袖を引っ張った。

「先輩、あれ、あれ見てください……!」

 なんだか興奮気味に部屋の隅を指さす。

 その先の壁には裏返しにされた一枚のカンバスが立てかけられている。近くには布のかけられたキャスター付き塑像台も。

「前から思ってたんですけど、あれって、先生の作品じゃないでしょうか?」
「ここにあるって事はそうかもしれないな」

「もう! なんでそんなに冷静なんですか⁉ 先生の作品なんてスーパーレジェンドレア級ですよ! いつお目に掛かれるかわからないくらい!」

「そんなに……?」

 ウルトラレアよりすごいのか?

「今までもあのカンバスと塑像台はあそこに置かれてたんですけど、先生の目もあって近寄れもしなかったんですよ。見せてくださいってお願いしても断られちゃうし……でもでも、今なら先生もいないし、この機に乗じてスーパーレジェンドレア作品をこっそり見てみませんか⁉ 大丈夫! こっそりだからきっとバレません!」

 謎の自信と共に、星乃は吸い寄せられるように部屋の隅へと足を向ける。俺の腕をぐいぐい引っ張りながら。